September 27, 2010

「ミッドナイト・ララバイ」:サラ・パレツキーと村木厚子氏

MidnightLalaby.jpgミッドナイト・ララバイ/サラ・パレツキー著・山本やよい訳/早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 女私立探偵のハードボイルド小説作家としてスー・グラフトンについては以前に「ロマンスのR」をエントリーしたが、彼女とならぶサラ・パレツキーの新刊を読み終わった。
 いつもどおり密度が高い構成で、時代のかかえる問題を衝くテーマに正面からぶつかり、けっして期待を裏切ることがないので、広告で知ってからずっと待っていた。この写真は、書店の包装紙で表紙を覆われたままにした。安っぽい漫画のようなデザインで内容まで安っぽく見えるのが耐えがたいからだ。「ミッドナイト・ララバイ」なんていう甘ったるい日本語タイトルの原題は「HARD BALL」だ。とはいえ、いつもは単行本を出してしばらくして文庫になるのに、今回、早川はいきなり文庫を出してくれた。

 主人公の探偵ヴィク・ウォーショースキーは、かつて刑事弁護士だったが仕事に嫌気がさして探偵に転じた。シカゴのサウスサイドに生まれ育ったが、そこは貧困や黒人たちのすみついた工場地帯だったから、社会をさまざまに分かつカテゴリーの境界を間にして生じる矛盾をヴィクはするどく感じ取り、それに対して強くときに過剰に反発する。たとえば白人と黒人、金持ちと貧乏人、権力を持つ者と持たざる者、さらに男性と女性。
 その境界のウチとソトのつくりだす不平等をなくすために作れたはずの法そのものも、それによって護られる者と護られない者・支配する者と支配されるものをつくりだすということについて、ヴィクは我慢がならない。だから境界の存在をいつも嘆きつつも、かえって気持ちを奮い立たせて行動の原動力に変えて、有利な立場を利用するやつらに果敢にあるいは無謀に戦いを挑まずにいられない。

 警察官・検事という人々と被疑者の間には、とりわけ堅固な境界があって、極端なワンサイドゲームをおこなわれることが法によって容認されている。そこでは、一方が相手を監禁して情報を遮断し、強者は望むとおりの言葉と態度をひきだすことができる。それは、国民を護るためにつくられ容認された徹底的に不平等な法なのだ。それを、おのれという一個人のために、あるいは、ある集団のために利用しようとすればどんなことでも可能になってしまうのはあたりまえのことだ。
 そういうことをするやつらに我慢のならないヴィクは、真実や公正よりも利益を第一に考えるマスコミ、警察や検察とも対立を繰り返すから、自身がいつもあぶない立場に立たされる。にもかかわらずそういう生き方を保ち続けられるのは、身のまわりや遠くにさまざまな友人たちがいるお蔭なのだ。ヴィク自身がそうであるのはいうまでもないが、彼女たち彼らは、みなそれぞれにとても魅力的な人たち。シリーズものの推理小説は、登場人物が魅力的でなければつづけられないのだ。

 いま、こうしてヴィク・ウォーショースキーをみると、村木厚子さんのことを思わずにいられない。検察官いや検察そのもの、もしかするとその上位にあったものたちの意図によってなされた証拠捏造で、突然、犯罪者に仕立てられた彼女の無念と絶望、やり場のない怒りが思い浮かぶからだ。彼女の勤務した厚生労働省とは、皮肉なことに不公正の被害者を応援するための部署だ。
 村木氏が、獄中で読んで勇気づけられた本の二冊のひとつに、ウォーショースキー・シリーズの第一作「サマータイム・ブルース」の一節をあげている。無罪判決直後の週刊朝日(9月24日号)のインタビューだ。「ミッドナイト・ララバイ」が本屋に並んだのはさらにそのあとだが、もしかすると彼女は店頭に並ぶ前にこの新作を読んでいたかも知れない。これまでのシリーズの中でもヴィクの本領がもっともつよく発揮されているし、村木氏のおかれた状況と重なるところが多い。

 いま、サラ・パレツキーは国際ペンクラブの大会に出席するために日本に来ている。それに合わせてこの本が出版されたそうだ。だとすれば、パレツキーと村木氏の対談を実現して本にほしいものだ。それを考えつかない編集者がいるとは思えないから、近い将来にそれを読むことができるかもしれない。

 ぼくが週刊朝日を読みはじめたのは、秋山さんからの電話によるすすめのためだった。大新聞やテレビ局による反小沢キャンペーンに対して、ブログやtwitterなどの新しいメディア、週刊誌などの非記者クラブメディアを通じて上杉隆岩上安身らが展開する主張、つまり、小沢バッシングは、既得権益を守るために官僚+大マスコミの連合体によってなされているのだという指摘を読むべきだと秋山さんは力説した。ぼくは、テレビや新聞の報道をそのまま信じようとは思っていないが、twitterは何ヶ月も開いていないし週刊誌は生まれてから10冊とは買ったことがなかった。菅直人が消費税10%を言い出したのは官僚と結託したからだとtwitterに書かれていると聞いたのも秋山さんからだった。

 週刊朝日に引用されていた「サマータイム・ブルース」の文章はつぎのような件りである。
「あなたが何をしたって、あるいはあなたに何の罪もなくたって、生きていれば、多くのことが降りかかってくるわ。だけど、それらの出来事をどういうかたちで人生の一部に加えるかはあなたが決めること」

投稿者 玉井一匡 : 11:47 AM | コメント (4)

September 07, 2009

差別と日本人

SabetsuJapan.jpg「差別と日本人」/野中広務・辛淑玉/角川oneテーマ21(新書)

 野中広務氏と辛淑玉氏というふたりが、「差別と日本人」というテーマで対談をするとすればおもしろくないはずがないと、広告を見てすぐに読みたくなった。
野中氏は自民党の実力者でありながら、イラクへの自衛隊派兵に正面切って反対したし、いわゆる被差別部落の出身者であることをみずから公言、複雑なレイアを重ねている人であることは知っている。しかし、ぼくは辛氏については著書を読んだこともなかったしテレビで見たこともなかった。
 読んでみると、案の定とても刺激的で、たちまち読み終わった。自分自身と周囲の人たちの受けた差別、それに対していかに戦いどう克服して来たかを、一方がきき手となり他方が語る。伝聞ではなく自分自身の体験を、同じような体験を共有するもう一人が引き出すのだから、言葉は強く重い。

 野中は、差別される人たちの状況を向上させようとするに留まらず、差別される人たちが過剰に補償を求めることにも、それがむしろさらなる差別を生むとして批判してきた。そういう批判を説得力のあるものとするのは、この人の言葉でなければできないだろう。
 章の終わりごとに辛による解説が書かれている。そこだけは文字がゴシック体で強調され、辛が野中の発言と行動について、ときに共感しときに率直な批判を加えるが、基本的には野中広務という存在を肯定した上で書かれていることが読み取れる。野中は、校正の段階でも、この文章に目を通しているはずだから、彼はそれを受け容れているのだ。
辛は、「辛淑玉公式サイト」で、ダイバーシティー(多様性)ということを会社のミッションとして掲げている。そのひとと、自身が多様性に満ちた活動をしてきた野中の面目躍如たるものだ。

 麻生太郎や石原慎太郎、小泉純一郎、安部晋太郎についての歯に衣着せぬ批判も痛快このうえない。彼らはいずれも少なくともある時期には人気をもっていたが、彼らに対する批判的な見方が浮上し政治的な大転換が起きようとしている現在、その人気が何に基づいたものだったのかを確認しておくべきだろう。彼らには差別をうけるものや弱者の立場に対する想像力が欠けているために、その行動や発言を一見すると、あたかも明快で歯切れよく決断力があるように見えるからなのだ。
 ナチによってあれほど悲惨な目に会わされたユダヤ人が、イスラエルという国家をつくりあげるやパレスティナ人に対してナチのような態度を取ろうとしている現実を見ても、ことは人間のかかえている普遍的な問題なのだ。だとすれば、おなじような考え方の芽が自分の裡にも潜んでいるかもしれないことを自覚して目を光らせていなければならないだろう。

辛淑玉/wikipedia
野中広務/wikipedia
辛淑玉公式サイト

投稿者 玉井一匡 : 02:59 AM | コメント (6)

August 29, 2009

選挙2009

Senkyo2009S.jpg 先週の日曜日、友人の選挙事務所に行った。明日はもう投票日だ。
前回の郵政選挙に吹いた逆風のおかげで彼は4年間の浪人生活をしてきたから、今回は勝ってほしい。
ことは彼ひとりではない、これまでつづいた一党支配をこの機会に変えられないようなことがあれば日本の未来は暗い。だが、その2、3日前に電話で話したときに「上空にはいい風が吹いているが、地上にはまた別の風が吹くからなあ」というので、ぼくはちょっと心配になっていた。

 ぼくが着いたときにはもちろん候補者は出かけていて、事務所に残った人たちはそれぞれに電話をかけたりはがきを書いたりの作業にむかっている。
交換した 厨房の換気扇が効いているか気になったのをまずは点検。お勝手連のご婦人ボランティアがまかないを引き受けている。みんなは済ませたから昼食を食べないかとすすめられたので、よろこんでごちそうになった。チゲ、ネギのぬた、新生姜の酢漬け、タクアン、野沢菜などで満腹した。農家の人たちから野菜が差し入れられるのだ。かたわらのペットボトルに「食事の無料提供は禁じられているからご飯をたべたひとはカンパしてください」と書かれている。

  使わなくなった立て看板を並べて頭をつなぎ壁をつくってある。それで作業コーナー・打合室・応接コーナー・電話コーナーなどに分けた。立て看板には候補者の大きな笑顔、にぎやかなインテリアだ。その中央折りたたみ机を並べたところで、しばらくぼくははがきの宛名書きをしていた。やがて、候補者たちの一団がもどってきた。
 ひとやすみすると、夕方にもういちど回ってくるから一緒に行こうというので、宛名書きを中断してワンボックスに乗り込んだ。

 候補者が私鉄の駅前広場にマイクを持って立ち、乗降客に呼びかける。
幟をもつひとマニフェストを配る人、ぼくはマニフェストをかかえて、あたりを通りかかる人たちに手渡す。
「マニフェストです。読んでみてください」
いつまでも素人くさい選挙活動だが、それがいいのだと思いながら行き交う人たちに渡そうとすると、目を合わせないようにいそいで通り過ぎる人もいれば、もう一部くださいといって激励する人もいる。

 別の乗りかえ駅には昼過ぎに対立政党の党首が演説をして人をあつめたという、そこも回ってこようという意見で二つめの駅前広場にまわる。そこにはすでに別の党の候補が来ていた。
話し合いの結果、30分後に交代するということになったので、そのあいだにぼくたちのチームは軽のワンボックスをつらねて近くの住宅地の道路に入りこんでいった。
 そのわずか30分に、近寄って握手をして激励したり、手を振ったり、マニュフェストを求めたりしてくれることが10回ほどもあった。はじめは、知り合いなのかと思ったがそうではないらしい。宗教団体の動員でもなければ、ぼくはそんな光景を見たことがない。
 「地上では別の風が吹くからなあ」と、彼がいったのは杞憂だったのかもしれないと、ぼくは思いはじめた。

 駅前に戻ると、前の候補者が引き上げようとしていた。
ここでもぼくは、ロータリーをはさんで候補者から一番遠いところでマニフェスト配りをする。駅前を通り過ぎるひとたちに渡したいと思ったからだ。
ひとり、自転車にまたがって話をきいている坊主頭の若者がいた。腕に大きないれずみをしている。
「マニュフェストです。ぜひ読んでください」 彼は受け取りながら代わりに質問を返した。
「共産党と民主党はどう違うんですが?」・・・意表をつかれた。

 仕事がなくなってしまったので知り合いの人に相談したら、共産党に相談するといいと言われて行ってみた。役所に行って生活保護をもらおうとしたら、あちらこちらとたらい回しにされる。
あちこち行くには金がいるが、食べるものは食べなきゃならないから、それで金は減ってしまう。ここに「NPO」という看板があるのを見たので、何かしてくれるかもしれないと思って来たところだという。
「NPOって何ですか?」と、すぐ前のビルの1階に入っているテナントを指さした。

 「NPOというのは会社の一種で、社員に給料は払うけれど会社として儲けることでなく、ひとの役に立つことを目的とする。ここのNPOは、まちでイベントなんかをやるんじゃないかな。だから、そういう相談をしにいくには、ちょっと違うかもしれない。」
 とはいえ彼の疑問は、どこか大事なところを衝いていると感じたので、ぼくは共産党と民主党のちがいについても四苦八苦しながら説明した。

 小選挙区制のなかにあって、この選挙は実質的に民主党と自民党の二者択一となっている。民主党の勝利の気配がたちこめる現在、民主党と共産党はゆるやかな連携をとろうとしているようだ。だとすれば、対立する二極であるよりも補完的な二軸になろうとしているだろう。
自身の中にもさまざまな違いをかかえた連合体にとっては、選挙の勝利を手に入れたあとには、「反自民」という共通項の輝きがうすれるかもしれない。
 そのとき、他者のよろこびが同時に自分のよろこびになるような仕組みをもつ社会をめざせば、これまで続いた政権との違いがおのずとあきらかになるだろう。

マニフェスト/wikipedia
民主党マニフェスト

投稿者 玉井一匡 : 11:59 PM | コメント (8)

June 13, 2009

モンゴルの20歳の校長先生:「シリーズ 20歳の挑戦 第1回 愛して伸ばせ」

20SaiKoCho.jpg 先日の朝、BSでモンゴルを撮ったドキュメンタリーを放送していた。見始めたら興味深くて最後まで見てしまった。「非電化工房」の非電化冷蔵庫をモンゴルに行ってつくってきたという話を思い出したから見はじめたのだが、すてきな話だったので録画しておけばよかったと気づいたのはあとの祭り。「NHKオンライン」で検索すると、「シリーズ 20歳の挑戦 第1回 愛して伸ばせ」という番組で、もう一度6月14日の日曜日午後11:40から12:00まで再放送がある。たった20分しかない番組だったのだ。さっそくぼくは録画予約したが、できるだけ多くのひとに見てもらおうと思い放送前に駆け込みのエントリーをすることにした。

 モンゴルでも近頃は経済が自由化されたので、たくさんの私立学校ができるようになった。
そのひとつに20歳の校長先生の学校があるというのだ。モンゴルにも格差社会が始まったというのかと見ていると、そんなつまらない話ではなかった。

 ずいぶん若い校長だとだれしも驚くだろうが、彼は16の歳でこの学校をつくって、すでに4年が経っている。彼はとび級で大学に入り16歳ではもう卒業した。自分で考えてみつけた方法をこどもたちに伝えたくて学校をはじめたのだという。天才でありながら、それをたとえば自分自身の利益や出世という世俗的な目的のためではなく、自分の研究のためにですらなく、こどもたちのために使いたいと考える若者がいるところに、この国が若く健全な時代にあることがわかる。そうするに値する国だと、少なくとも彼に思わせるほどの国なのだ。GDPや経済成長率などというものは国の健康や質を示す指標ではなく、ただ体重のようなものなのかもしれない。日本という国だって、いまでこそこんなデブになってしまったが、かつては空腹だが健康で意欲にあふれ未来を信じていた時期があった。
 彼はエリート教育を受けたわけではない。それどころか、まだ小さい頃に母が病気になり、のちに父親が家を出て行ってしまう。学校をやめて母と弟たちを養わなければならなくなり、独学で学ばざるをえなくなった。そのときに見つけた学習方法をふまえて学校をつくったのだった。

 小学校から高校までの生徒がいる彼の学校では、学科にわけて授業をしない。既製の言葉で言えば総合学習だ。かつて「ミュンヘンの小学生」という本を読んで、ぼくたち夫婦はシュタイナー学校の教育にひどく感動した。こういう学校をつくりたいとぼくたちは思ったのだが、彼は小学生にしてそれを自分自身の力でみつけたのだ。
 ぼくたちの受けた教育は、国語、数学、理科、社会科などという学科に刻まれていたが、じつは世界というものはひとつであって、それをさまざまな切り口から別の見方をしているにすぎない。だからそれをひとつの授業のなかで見つけさせることで、世界はひとつのものなのだと理解してもらおうという考え方なのだ。
しかし、この教育方法は容易なことではない。まず先生自身が、おなじ一つのものごとについてあらゆる方向から考えることができる能力を身につけていなければならないからだ。さらに彼は、他の先生の教育もしなければならないのだ。

Nansa.jpg このドキュメンタリーを見るうちにモンゴルへの思いがふくらんで、ぼくは「天空の草原のナンサ」を見たくなった。うちには、次女が姉にプレゼントしたDVDがあるのだが、ぼくはまだ見そびれていた。
 今朝はそんなことを娘と話していたら、午後にはこんなこともあった。
「玉井さん何でも好きですか?」と、クライアントの娘さんが突然に言った。
「ぼくは、嫌いな食べ物はひとつもなくて、何でもすき。」
「だったら、巣鴨にある「シリンゴル」というモンゴル料理屋さんの、羊肉に塩をしただけで蒸したのをタレにつけて食べる料理がとてもおいしいんです。
玉井さんきっと好きだと思うから、行ってみてください。正確には場所を憶えていないけど」
「じゃあ、インターネットで調べて行ってみますよ」

投稿者 玉井一匡 : 01:15 AM | コメント (9)

June 09, 2009

ラジオパープル

RadioPurpleS.jpg「NPO法人全国女性シェルターネット」は、DV(ドメスティックバイオレンス)の被害者の生活と生命を直接にまもりながら、そのための制度の確立などによって不条理からの解放を目的として粘り強く熱心に活動を続けている。
その事務局長である遠藤智子さんからメールが届いた。「ラジオパープル」というインターネットラジオが、6月3日から開局する(いまでは「開局した」だが)という知らせである。また一歩を進めたのだ。
シェルターを運営して生命の危険にさえさらされる被害者たちの身体と生命をまもる。国会に働きかけて立法化した。それを報告する「女性たちが変えたDV法―国会が「当事者」に門を開いた365日」という本や「デートDV」という本を発行した。国際会議を企画して実現させた。そして、今度はインターネットラジオを開局した。
 メールによれば、シェルターネットが主催だが、ほかに3つの団体が参加している。女性のためのカウンセリングをする団体、働く女性の抱える問題を解決しようという団体、「セクシャルマイノリティ」のひとたちに対する偏見をなくそうという団体だ。

というわけで、毎週1回水曜日に更新されるというラジオパープルを聴いてみてください。
メールには、もっとくわしく書かれています。(われわれAppleファンには評判が悪いマイクロソフトも、この活動の支援団体に名を連ねています。)

以下、メールから転載
   *   *   *   *
皆様  NPO法人全国女性シェルターネットが主催いたします
インターネットラジオ放送がようやく開局の運びとなりました。
女性への暴力根絶に向けた運動
「パープルリボンプロジェクト」の一環の事業です。
ご協力いただいた皆様に深く感謝申し上げます。
6月7月までは隔週の放送となりますが、
それ以降は毎週水曜日の午後9時にオンエアを予定しております。
準備不足もあり、不十分なところも多々あろうかと思います。
皆様からのご意見をいただきながら
女性たちのエンパワーとなるべく
努力してまいりますので、末永くお付き合いをお願いいたします。

女性が必要な情報を手にすることができる
インターネットラジオ放送が6月3日より始まります。
毎週水曜日(6,7月は隔週)更新。
まずは是非サイトまでお越し下さい。開局記念として番組を公開しております。
http://radiopurple.org 

●放送の目的○
 「ラジオパープル」は、女性に対する暴力根絶に向けた「パープルリボン・プロジェクト」の一環として開局します。第一義的に目指すものは「情報提供による女性たちのエンパワーメント」です。

 情報の氾濫する現代に生活しながら、女性たちの多くは必要とされる情報を持っていません。例えば、DVに被害に遭ったときの対応の仕方を教えてくれる身近な存在はいませんし、レイプなど性暴力に遭ったときにも、どうしたらいいか知っている人はほんの少数です。学校を卒業し、就職しても、働く人に保障されて いる権利についても学ぶ機会がなく、セクシュアルハラスメントに遭ったときの対処法も情報提供されていません。セクシュアル・マイノリティに関する問題も同様で、性自認や性的指向について間違った情報ばかりが飛び込んでくるのが現状です。

 こうした、ジェンダーバイアスに基づく「情報格差」によって、女性たちは被害に遭っても適切な支援を得らなかったり、自らを心身ともに傷つけたり、抑うつに追い込まれたりしています。さらに、暴力を訴えることで、警察・司法そして社会から「二次被害(セカンドレイプ)」を受けることも決して珍しくはありま せん。また、女性に対する暴力が人権問題であるということも、啓発が遅れていると言わざるを得ません。

 そこでインターネットというすべての市民に開かれた媒体を通して、「無料で、女性にとって必要不可欠な情報にアクセスできる」場の保障に取り組み、女性自身のエンパワーメントを図ります。


●主催団体紹介○
【NPO法人全国女性シェルターネット】
 1998年、DV被害当事者の支援に関わる民間団体の全国ネットワークとして設立。2005年法人化。現在64団体が参加。年1回の全国シェルターシンポジウムを開催し、当事者・支援者・行政担当者・学識者等多くの参加を得ている。
 設立当初から、DV根絶に向けた法制度整備に取り組み、2001年「配偶者からの暴力の防止および被害者の保護に関する法律(DV法)」の制定と2度の改正に取り組み、被害当事者.支援者の声を反映してきた。2006年からアジアにおけるDV被害当事者支援の民間草の根団体とネットワークし活動の領域を広げている。

●参加団体紹介○
【NPO法人フェミニストカウンセリング東京】
ジェンダーの視点に立った「女性のための女性によるカウンセリング」に取り組むNPO法人です。

【ACW2:働く女性の全国センター】
働く女性の様々な悩みに応える仕組みを作ろうと2007年に発足したNGO。

【“ 共生社会をつくる” セクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク】
セクシュアル・マイノリティへの根強い偏見の解消と真の共生社会をめざして、国政レベルに働きかける当事者のみならず、家族や友人などの支援者からなる全国ネットワークです。

●主催:NPO法人全国女性シェルターネット
●後援:内閣府(申請中)、厚生労働省
●支援団体:コミュニティITスキルプログラム(マイクロソフト株式会社) 他

投稿者 玉井一匡 : 10:18 PM | コメント (0)

November 26, 2008

UNIFEMのサイトへの署名

UnifemNicole.jpg
先日、友人から「UNIFEMの女性に対する暴力に反対する署名について」というメールが届いた。
差出人とタイトルを見て署名しかけたが、内容を知らなければひとさまに勧められない。
「UNIFEM」とは何かさえ、ぼくは知らなかったからGoogleで公式サイトをさがした。UNITED NATIONS DEVELOPMENT FUND FOR WOMENの略称で、女性の地位向上のため、とくに途上国の女性に力を貸す国連の機関だ。よく見たら、送られてきたメールにリンクされていた。日本にも、ユニフェム日本国内委員会というNPOがある。

このUNIFEMの親善大使(goodwill ambassador)としてニコール・キッドマンが活動しており、この署名を呼びかけているので、彼女が主演した映画「ドッグヴィル」を思った。人に追われて小さな村に逃げ込み、そこに潜んでいるうちに奴隷のような生活を強いられる若い女を演じた。つらい状況にありながら誇りを保ち続ける女の役を、床に線を引いただけで家とまちを表現する舞台劇のような象徴的なセットを背景に演じて、緊迫と屈辱と憤怒への共感に引き込むのだ。

UnifemCharlize.jpg メールを受けた翌日の朝日新聞には、ちょうどシャーリーズ・セロンが国連平和大使(UN messenger of peace)になったという記事があった。シャーリーズ・セロンが南アフリカにいた少女時代、父がアル中で家族に暴力をふるい、娘の生命の危険を感じた母がその場で射殺したが、のちに正当防衛が認められるというすさまじい経験をした。数年前に結婚したときには、同性同志の結婚が認められるまでは法的手続きをしないことを宣言した。ということがいずれもWikipediaに書かれている。
先日見た「告発の時」では、イラクから休暇で帰国中に殺された息子の死を捜査する父親に協力して、戦場のできごとの関わりを究明する警官を演じた。ニコールキッドマンもシャーリーズ・セロンもアカデミー賞主演女優賞を受けている。ちなみに、ジョージ・クルーニーも国連平和大使に任命されていて、アカデミー助演男優賞をうけているのだが、なにか関連があるんだろうか。

あらゆる国がそうだが、とりわけ途上国では女性が差別をうけ犠牲を強いられる。UNIFEMは、さまざまなかたちでそういう女性たちの力になる活動をする。どこでどんな活動をしているかはUNIFEMのサイトまたはユニフェム日本国内委員会のサイトに具体的に書かれているのを読んでみてください。

友人から届いたメールは、こう書かれていました。
  *  *  *  *  *
皆様
国連機関の一つである国連婦人開発基金(UNIFEM)では、女性に対する暴力の根絶に向けて「女性に対する暴力反対キャンペーン」を展開しており、署名への参加を呼びかけています。内閣府も「女性に対する暴力をなくす運動」の取り組みとして連携しています。

英語での署名はホームページから、日本語ではファクスで内閣府に送るようになっています。
二コールキッドマンの呼びかけとファクス用紙を添付しました。

(関連サイト)
UNIFEM親善大使ニコール・キッドマンの呼びかけはこちら(日本語表記)
UNIFEM「女性に対する暴力反対キャンペーン」のページはこちら(英語表記)
UNIFEMのホームページはこちら(英語表記)

締め切りがせまっておりますが、どうぞよろしくご対応お願いいたします。
NPO法人全国女性シェルターネット
  *  *  *  *  *

投稿者 玉井一匡 : 11:00 PM | コメント (4)

February 01, 2008

DVについての講演が中止されて

DateDVTokyoPressPart.jpgClick to read.


1月31日付の東京新聞朝刊の記事をiGaさんが送ってくださった。
この記事は、つくばみらい市でDVについての講演を中止したことが、すぐに周辺へ影響を及ぼしたことを伝えている。つくば市の県立高校では予定していたDVについての出張授業を中止した。しかし、一方では長岡市が同じ平川和子氏による講演会を、予定通り27日に開いたそうだ。つくば市の反応は、つくばみらい市の対応をそのまま倣ったものだが、長岡の場合はつくばみらい市の例をうけて、議論を重ねた結果として選んだ結論なのだろうから、ことさらに意味が大きい。

ひとつ前の「デートDV」というエントリーで、反対する人たちの論理が分からないとぼくは書いたが、論理を想像することは容易にできる。ぼくがわからないというのは、想像もできないのではなく、それにはとてもじゃないが同意できないということだ。
その主張はおそらく、「きみたちは夫婦の問題をことさらに大袈裟に騒ぎたてて、ちょっと怒りやすいだけかもしれない夫を犯罪者に仕立て上げている」ということだろう。現実に殺される人や心身を傷つけられる人たちが数多いのだとすれば、まずその人たちを守ることは緊急を要する問題だ。夫の暴力や過剰な猜疑心が夫婦の話し合いによって誤解がとけて解決することもたしかにあるかもしれない。しかし、夫の振るまいが妻にとって生命の危険を感じさせるほどなのだとすれば、まず被害者を隔離したり関係を解消したりするのは当然の措置ではないか。夫を犯罪者として処罰してほしいというのではない、自由にしてほしいというにすぎないのだ。その状態を続ければ女の人の生命が危険にさらされるが、逆に、関係を解消したからといって男が生命の危険にさらされるわけではない。ふたつの価値を比較してみれば、どちらを優先すべきかは明白ではないか。

 何年も前から行方不明になっていた少女が見つけられて、男が彼女を監禁していたことがわかったという事件は長岡市に近い三条市で起きた。ひとりの女性の自由を奪うことがいかに残酷で、殺人にもまさる悪質な行為であるかを実感させたあのできごとによって、長岡市では家庭という密室の中で行われる人権の侵害について、共通の理解が得られたのかもしれない。
つくばみらい市の今回のできごとをきっかけにして、日本中でDVについての認識がむしろ深まることを期待しよう。

投稿者 玉井一匡 : 01:21 PM | コメント (12)

January 26, 2008

デートDV

DateDV.jpgデートDV /遠藤智子/1,260円

1月20日につくばみらい市の市役所が、公民館でDV(ドメスティック・バイオレンス)についての講演を開く予定だったが中止された。講演に反対するメールが多数送られ、スピーカーを市庁舎に持ち込んで反対した男たちがいたので、混乱を避けるとして市がこれを中止したというのだ。夫や同居する男に暴力で支配される女のひとたちを救おうとする行動に反対するということがまず分からない。それを強引にやめさせようとする人間の主張を、市役所が受け入れる論理がわからない。
 2004年の警察の統計で、夫による妻の殺人は1年に127件という。3日にひとりの妻が夫に殺されたことになる。殺される前の暴力にさらされている人たちはそれよりもはるかに多いはずだ。しかし、そういう深刻な事態はあまり知られていないし、ぼく自身、娘がDVシェルターに実習で行っていたときに知ったことだった。それを広く知ってもらうために開こうとする講演を力ずくで中止させようとするには、どういう論理があるのだろう。
 現在あるいは過去の婚姻や内縁関係にある男女間のDVには、充分ではないにせよDV法がつくられている。しかし、この法は恋愛関係にある男女間の暴力は対象にされていない。「デートDV」は、そういう暴力が想像以上に多いこと、その予防や対処について書かれた本だ。

「デートDV」をキーワードにGoogle検索をしてみると267,000件あった。それは、もちろん、問題の多さを示しているのだが、中にはデートDVを防止しようという活動に反対するサイトも含まれていて、つくばみらい市のできごとを反映している。著者の遠藤智子さんはDVシェルター全国ネットのNPOの事務局長。この本の前にも、共著の「女性たちが変えたDV法」がある。国会にはたらきかけて超党派の議員たちと協力してDV法の改正にこぎつけた経過を書いたものだ。「デートDV」の印税はNPOに寄付されます。

つくばみらい市の講演中止に抗議し、改めて開催を求める署名活動が行われている。締め切りが1月28日で、もう駆け込みになってしまいましたが、下記の書き込みサイトから即時ネット署名できます。
 署名フォームはこのサイトへ:1月28日締め切り
■新聞による報道
「DV防止法:反対団体の抗議で講演会中止 つくばみらい市」@毎日新聞(1/18)
「抗議受け市の講演会中止に DV被害支援めぐり」@MSN産経(1/17)
「DV防止法講演会 団体抗議で中止に つくばみらい」@東京新聞茨城版 (1/18)

*このブログでエントリーした「吉原御免状」は、遠藤さんに教えてもらった本だ。

投稿者 玉井一匡 : 02:14 PM | コメント (6)