岩城里江子さんは、これまでデュオでアコーディオンの演奏活動を続けてきたが、昨年からライブ活動を休止して、曲づくりなどに専念するようになってから1年ほどになるので、ひさしぶりのソロライブでの再出発だった。ほかの聴き手たちも同じだろうが、ぼくは里江さんのアコーディオンの演奏とともに笑顔を見に行きたいと思っていた。
会場のLoveGardenも、昨年は大きく変わった。ぼくは、数年前のkai-wai散策のエントリーでこの店を知ったのだが、じつをいえば京島の地名さえそのときに初めて知ったのだった。kai-wai散策の写真で、ガーデニングショップというカテゴリーを大きく逸脱するような面構えが衝撃的なくらいかっこよかったのでしばらくして行ってみると、長屋や下町らしい商店街が残る街の中に置かれたこの店はなおさら異彩を放っていたし、それでいてまちと馴染んでいるのだった。
昨年、店の主であるcenさんは、みずからコツコツと手を加えはじめて、すっかりその店を変えた。LOVE GARDENは、ガーデニングの腕とそれにかかわるものを売る店から、ひとが集まる場所になろうとしている。
その中に納まるギリギリいっぱいの30人ほどが、この日このライブに詰めかけた。
里江さんは、久しぶりのライブとあってはじめひどく緊張していたらしい。だれだってそうだろうが、はじめのウォームアップの数曲は客も里江さんもほぐれなかったけれど、やがて彼女は自身からもぼくたちからも緊張をふき飛ばしてしまった。彼女のアコーディオンの身上は、音楽と笑顔になって彼女からこぼれ出す「生きるよろこび」といったものなのだということを、その時にあらためて感じさせられた。
この充電期間に客演した昨年の秋もそうだった。ルー・タバキン・トリオのライブの前座・・・なんていってごめんなさい、ほかの言葉がわからないんだ・・・としてソロで演奏したのだが、トリオとセッションをやってみないかと突然に声を掛けられての初めてのジャズだというのに、ルー・タバキン・トリオの三人を相手に堂々と即興でわたりあった、両手いっぱいの笑顔とアコーディオンという楽器で。
演奏が終わってからは、残った10人ほどが車座になって話がはずんだ。話題はおのずからアコーディオンという楽器にあつまる。ぼくたちはアコーディオンのことを知っているようでいて分からないことがたくさんあることに気づく。
11kgもの重さがあることも知らなかったが、笑顔で演奏している里江さんの両腕と腰は、つねに笑みを絶やさないシンクロナイズドスイミングの選手の水中に隠れた足と同じように、密かな忍耐が支えているのだ。
アコーディオンの一部を外して、その中の仕組も見せてくれた。cenさんは電気仕掛けがあることを予想していたそうだが、そこには見事な機械仕掛けがびっしりと詰め込んであって、もちろんICもコンデンサーもない。かつては人手をつかってフイゴから空気を送り出していたパイプオルガンの、演奏家とふいご吹きのしごとをたったひとりでやってしまうのがアコーディオン奏者なのだ。
彼女のアコーディオンはコバが使っていたものだそうです。ところで、「ふいご」を漢字で書くと「鞴」なのだと知りました。
このまちには、東京スカイツリー という巨木が生長している。周りにも、大規模なマンションがあちらこちらに作られている。その代わりに、長屋や細くて親密な路地がどんどんなくなってゆく。その一方で、LOVE GARDENや里江さんのような小さくてもつよい力が、コロッケやちくわの天ぷらや豆腐をつくって売る店、鉢植えの植物、それらを買ってゆくたくさんのひとたちが、巨大なモノでなく人間の生活というタネを撒くことによって、都市を血の通った生き物にしてゆくのだ。
■関連エントリー
*Rieko Iwaki ノスタルジー♬/LOVEGARDEN
*ブルームーンの夜@ラブガーデン/らくん家
*あの兄弟の小さいほうは船に乗って世界を駆け巡った/Across the Street Sounds
*アコーディオンソロ@京島
*ブルームーン@京島/東京クリップ
*ルー タバキン @ WUU/kai-wai散策
*ルー・タバキン+岩城里江/MyPlace
■アコーディオンとバンドネオンについて
*アコーディオンの構造/アコーディオンの部屋
*バンドネオンという楽器
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昨夜、ルー・タバキン トリオのライブを聴いた。場所は、柏のライブハウス「studio WUU」だった。
昨年の秋にも同じ場所で同じトリオの演奏を聴いた。そもそも去年このライブのことを、わたしが前座で演奏するといって教えてくれたのは岩城里江子さんだった。
ひどく感動したのに、エントリーしなかったのはなぜだったんだろうか、iPhoneしか手元になくていい写真が撮れなかったし、masaさんがすてきな写真といっしょにkai-wai散策にエントリーしていたから、もうそれで充分だと思ったのかもしれない。今年は、写真をとらないでほしいというのでまた写真がない。
ところが今年は、思いがけぬ素敵なできごとが起きたので、エントリーをせずにいられなくなった。だから、昨年の演奏のあとに買って三人のサインをもらったCD「Lew Tabackin Trio Live in Paris」のジャケットを使うことにした。(このCDの演奏がまた、とてもいいんだ)
去年と同じく演奏の前に、ぼくらが学生時代に「スイングジャーナル」の編集長だった児山紀芳さんがマイクの前に立って解説をした。
「アメリカのジャズ雑誌が毎年、各国のジャズ批評家百数十人の投票によって楽器別に演奏家のランキングを発表します。ぼくは、日本からひとりだけ投票したんですが、ルーは昨年のフルート部門の二位でした。一位は90才の人だから、ルーは現役で実質一位ということになります。夕方に、彼らのリハーサルをこの会場で聴いているときに、まさしく『Soud filled the room(だったと思うが・・・)』という感じがしました。」
一年前、ぼくたちが聴いたときにも、同じように感じたのだった。ぼくはルー・タバキンのことを秋吉敏子の夫君だという思いばかりが強かったので、演奏を聴くやその認識不足を即座に撤回した。テナーサックスの音の断片のひとつひとつが、身体に沁みこんでぼくたちをゆさぶるのだ。ステージと客席が同じ高さにあるうえに、ぼくたちはドラムのすぐとなりにいたからなおさら、あたかも空気を間にしないでじかにぼくたちのところに音がやってくるようだった。
7時、演奏開始・・・「ルーが、どこかにいってしまって、まだ戻らないけれど始めます」といって岩城里江子さんがアコーディオンをかかえて椅子に腰をおろした。楽しげにゆるやかに自分自身の曲から入って、4曲が終わる頃にあわせたように、入り口の近くにちゃーんとヒゲの男が現れた。
去年は驚きに圧倒されていたけれど、今年は、はじめはウォームアップのような気持ちで入っていった。曲が進んですっかり血のめぐりがよくなったところで休憩に入ったあと、後半戦の前にふたたび児山氏が登場した。前半はみなさんの拍手が少々控えめだったように感じたから、後半はもっと盛大にと誘導したあとで
「はじめに演奏した岩城里江子さんが、さいごにルーと一緒に演奏することになりました。ジャズの世界では、そんなふうにして若い演奏家が育ってきたんです」と締めくくった。あとから来る人たちをそうやって育てるのだとすれば、ステージはとてもすてきな学校なんだ。来年はルーと一緒にやってよと、昨年のライブのあとに言ったのが本当になった。
後半戦にはいって、ぼくたちはテナーのサウナにどっぷりと浸されたり、フルートの涼しい風に吹かれたりしてすっかり心地よくなったあとに、里江さんが加わった。
曲は「枯葉」、ジャズではスタンダードナンバーだし、もともとアコーディオンにもぴったりだ。このひとは、初めてジャズのセッションをやるというのにいささかも動じない。
いつものあふれんばかりの笑顔で、サクス、ドラムを相手にかけあいを演じて楽しんでいる。
そういうところが、里江さんはほんとうに素敵なのだ。
最後に、ルーが里江さんのひたいにKISSをしてくれた。よくやったね、というしるしなのだろう。
急にいわれたんだと言っていたが、リハーサルはやったんだろうなって思いながら岩城里江子さん自身のブログ「う・らくん家」をよんでみたら、この夜のセッションのことが内側から書かれている。それによれば中休みのときに児山さんから話を持ちかけられたんだそうだ。彼女の親友の松浦さんは「涙が出そうだった」と言ってた。ぼくたちは新たな満足でポケットをふくらませて、とっても得をした気分で人気の少ない電車のベンチを占有して帰った。
駅を降りていえまでの道で、「里江さんがルー・タバキンと一緒に演奏して、掛け合いまでやったよ」と携帯で娘に報告、よろこびを分かちあった。
■Lew Tabackin Trio
Lew Tabackin : Tenor Sax/Flute
Boris Kozlov : Bass
Mark Taylor : Drums
もう一昨日の夜、またしても一斉エントリーに乗り遅れた。
通常の営業をとりやめて、カフェ杏奴でiora(アイオラ)のライブが開かれるドアを開けると、ぼくの顔見知りの一団は、すでに中二階の天井桟敷を占めていた。小学校から高校まで、学校の遠足などでバス移動するときには、いつもなぜか最後尾の席に陣取っていた。
演奏を生で聴くこともデュオの二人に会うことも初めてのことだったが、ぼくは杏奴においてあったCDを1年ほど前に買って聴いていたから音楽は知っているつもりだった。が、ききはじめるとギターの助っ人がひとり加わっただけで電気の力は何も借りていないのに、演奏はCDとは比べようもないくらい厚みと力があって心をさわがす。
どこからも見えるように聴けるようにするために選んだ結果、ステージは入り口のすぐ脇にある。ギンレイ会館地下のポルノ映画館「くらら劇場」の、スクリーンのすぐ横から客が入ってくるという非常識を思い出した。
外を走る車たちがひっきりなしに背景を横切る。ガラス越しに歩行者がのぞき込む。
こういう夾雑物が、演奏のためにつくられた場所にはないたのしさを増幅する。
ioraの音楽は、カフェ杏奴のありかたと近いところにあるのだ。
毎日のように、ここにやってきては作詞をしているそうだから、それも当たり前なのかもしれない。
「今日は、かなり年齢の上のかたもいらっしゃるので、カバー曲を歌います。」と、われわれに配慮をしめして歌ってくれた久保田早紀の「異邦人」を聴いて、彼らの音楽の方向が分かるような気がした。
市場、ざわめき、移動。
アンコールの2曲目、最後の最後に杏奴のママに一曲が贈られた。 「カフェ杏奴」
こんな歌詞ではじまる曲は、シンプルなメロディの繰り返しと、おだやかに漂うような間奏がここちよい。
歌詞に描かれる店の様子とそれぞれの記憶を重ねあわせて、共感の笑いがこぼれる。
思いがけぬ贈り物に涙ぐんでいるママの様子も伝染した。
11時を過ぎた頃に
少し早めのランチタイム
おてんとさまとご一緒に
カフェ杏奴にでかけましょう
カランコロンとドアベルが
鳴ればママさんお出迎え
好きなお席にどうぞどうぞ
地下と1階、中二階
カフェ杏奴、カフェ杏奴、カフェ杏奴、カフェ杏奴
詩:Momo/iora
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ioraの女声ヴォーカル、「桃ちゃん」には、もうひとつ特筆すべき特技がある。フェルトでいろんなもののミニチュアをつくってしまう。写真は、箱に入ったピザ、直径2cmくらいのサイズにトッピングはきっとサラミだろう。ピザケースの右下にはグリーンの瓶にはいったタバスコもある。切り取った一切れは、チーズが溶けてすこしこぼれようとしているのだろう、台よりもすこし大きい。芸がこまかい。こういうミニチュアが、杏奴の店のあちらこちらにたくさんおいてある。
じつは演奏の間ずっと、ぼくは音楽と胃袋の誘惑に引き裂かれていた。いや、両方の誘惑に身を委ねていたというべきかもしれない。小野寺さんから、少し遅れそうだという電話があったときいてわれわれが浅ましくも期待したとおり、両手にたくさんの料理を抱えて彼女は演奏開始直後に到着していた。そのメニューは、小野寺さんのブログに書かれているが、手作りの塩玉子の月をいれた手づくりの月餅を初めてごちそうになった。そこに写真のない酔鶏(酔っぱらい鶏)、それに椎茸のエビ餡詰めの写真を、ちょっとピンぼけだがぼくの記憶のために加えておきたい。
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玄関にたくさんの履物が雑然と脱ぎ散らかされている様子が、ぼくは好きらしい。
だからといって、整然としているのがきらいではないし、散らかっている玄関ならどれでもいいというわけではない。人間の生き生きしているざわめきのようなものが残されているのが感じられるのだろう。同じものはひとつもない履物たちがたくさん、さまざまに並んでいる。一組ずつは同じ方向を向いているから、そのひと組ずつが露天で、玄関が市場であるかのようだ。
8月28日午後6:30平日の雨上がり、母の住む新潟のいえでPsalm(サーム)のライブをひらいた。 家は、50年と少し経った古い家を縮小、曵き家で屋敷林の中に移動して改造した。8畳の正方形が三つL型をなしてならんでいるから、その間の襖を外すとのひとつづきのスペースになる。さらに障子をとりはらえば両側の廊下も、さらに雨に洗われた樹々のみどりも硝子越しに続いて、なかなかすてきなライブスペースに姿を変えた。
Psalmは25弦の箏とヴォーカル、かりんと夕海。子供たちの多くは箏という楽器そのものを目にするのが初めてだし、舞台の高さのない同じ畳の上にいるから、目の前の演奏に少しずつにじり寄っていく。暗くなり始めたしずけさにかすかな弦の響きが浮かぶ中を、歩き始めたばかりのチビが、みんなの前をことばにならない音声をあげながらトコトコと歩いて横断したりする。それも音楽のひとつとして取り込もうとしていた。仕事を終えたご近所の家族、たまたま昼間に立ち寄ってこのことを知った夫妻が母上を伴って、また夜に再訪、前日に娘を連れてアメリカから帰ってきていたぼくの妹、その友人夫妻と多彩な顔ぶれになった。祖母のご近所の方々に、日頃の感謝のしるしに開きたいと夕海が言い出して、となりの杉山さんが広報役を買って出てくださった。そんな具合で、とてもいいライブになった。 (photo by masa)
Psalmのふたりは、8月15日から北海道の二風谷から天草まで、かりんの運転するステップワゴンを駆って日本を縦断するツアーの途上にある。ライブと、ところによっては映画「もんしぇん」を上映する。
ポリネシアの先住民は空の星を読む伝統航海術を駆使して太平洋を自在にわたった。その航海術と血を受け継ぐ冒険家、ハワイのナイノア・トンプソンとそのチームが、ホクレアという双胴の帆船で世界を一周する航海をしていた。STAR NAVIGATIONというその航海のことを読んで、夕海はツアーをやりたいと思い立った。日本を縦断しながらそれぞれの場所で「うたになろうとしているもの」を見つけ、うたを作りながらライブをしてゆく。そしてそれをリアルタイムにウェブサイトに公開してゆくことでひろく共有する、というのだ。計画は、かなり壮大なものも立てたけれど、現実的なところに落ち着いて、ふたりの発掘とうたづくりと演奏の旅は、いま、その途上にある。
このツアーのために新しい曲をつくり、費用を捻出するためにそのうちの数曲を選んでCDをつくった。
多くの仲間が、仕事の時間の合間や深夜をやりくりして音やデザインやサイトをつくり、思いにすぎなかったものを現実につくりあげた。そうやってこのツアーのサイトPsalm-PsalmやCDができた。サイトの音もデザインも、とても美しい。ただ、サイトの更新が、なかなか人間の移動に追いつかないので、masaさんの写真は一枚だけひと足先にこちらでエントリーしました。
関連サイト
*kai-wai散策:Psalm ライブ@新潟
*Aross the Street Sound:Star Navigation(8)(kai-wai散策の常連のNiijima さんはStar NavigationとPsalmに興味をもち、これまでに何度もエントリーしてくださった)
*mF247:CDの中の一曲「時間を乗せた船」がダウンロードできます。一時総合ランキングで2位になりました。
amazonの正方形の段ボール包装が宅配便で事務所に届いた。iGaさんからではないか。急いで開いてみると、予想通りCDだった。NAT KING COLE EN ESPANOL。
うーむ、MADCONNECTIONのエントリーに書かれていた、あのION iTTUSB05 USB Record Player をつかってLPからGarageBandでMacに取り込んだやつからつくられたCDだ。「こんど会ったら聴かせてね」という、かわいいコメントを書いたので、残暑見舞いとして送られたのだろう。人間、正直でなければならないということだなあ。サンキュ、iGaさん。
さて、さっそくCDプレーヤーに入れてみた。
なかなかの音ではないか。スクラッチノイズは聞こえない。いつのまにか、素直にナット・キング・コールの美声にひかれてしまう。音のジューシーなところは少々減るのかもしれないが、それは音楽そのものの力によって補われるのだろう、期待以上の音だ。iPodに入れて一晩、冷凍庫で冷やしてから海岸に持って行って日向のキャンバスチェアに寝転がって聴くなら、とてもしあわせだろう。なんとかダイキリを片手に・・・、なんてことを言えないのが悔しいですが。
と、思ってヘッドフォンで聞いてみると、この時代と今の音作りの違いというものか。スピーカーで聴いた音からすると、すっかり魅力が減ってしまう。スクラッチノイズを消すときに一緒に消されてしまうものがあるのだろう。CDで、オジさんらしく落ち着いてスピーカーで聴くというのがよさそうだ。Macの内蔵スピーカーで聞いても、ヘッドフォンよりもずっといい。
キング・コールの歌だけは、スピーカーでもヘッドフォンでも魅力を失わないのは、さすがだなあ。
iGaさん、あらためてありがとうございました。
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mF247というサイトがある。昨年の年末につくられた。ことは音楽に限ったことではないが、数多く売れるわけではなくてもいい音楽というものがある。むしろ、いい音楽ほど沢山が売れるわけではないのかもしれない。レコード会社が企画をつくり広告をして、それを聴き手が買うという昔ながらのやりかたでは、そういう歌はなかなか売ることができない。聴いてもらうことも出来ない。iPodやiTunesの時代には作り手と聞き手を直接に結びつけることができる。そこでは、薄い層を相手にしても、広い範囲に知ってもらえば売ることができるはずだ。そういう意図でサイトがつくられた。開設者は丸山茂雄氏。もとソニー・ミュージックエンタテインメント 社長、ソニー・コンピュータエンタテインメントではプレイステーションを開発、会長、247ミュージック設立。丸山ワクチンの丸山千里博士の子息でもあるという。
ぼくたち聴き手側からすれば、このサイトで関心を持った曲をダウンロードすることができる。その前に30秒間試聴できる。作り手の希望する期間はキャンペーン期間としてダウンロード無料、それ以降は有料になる。データ形式はMP3だから、もちろんコンピューターにもiPodに入れられる。
曲は18のジャンルと総合のカテゴリーに分けられ、それぞれ時々刻々にダウンロード数のランキングが表示されるのだが、ややタイムラグがあるようだ。
作り手側にとっては、曲とプロフィールなどをmF247に送り、mF247がそれを審査した上でパスしたものはサイトに掲載される。登録と掲載料は有料だが、1月いっぱいまではキャンペーン期間で無料登録できる。
無料期間の締め切りを間近にした先週に、映画「もんしぇん」のサウントラックの1曲、映画の最後に流される歌「脈動変光星」(作詞・作曲・歌:玉井夕海)を登録することできた。MP3に変換するのに苦労し、やっとできてアップロードしたら音質が悪かったりしてやっとのことでたどりついた。ブログもやっと同じ頃に始めることができた。iBookとの付き合いは長い割にはメールとワープロくらいにしか使っていなかった夕海には、いいトレーニングになったかもしれない。ひとつの曲を3つのジャンルに登録できるので、映画/ゲーム/アニメ、ポップス/ボーカル、童謡/唱歌の3ジャンルに登録した。今日現在、それぞれ2位、13位、1位というのは、なかなかいい線をいってるんだろう。10位までは、絵入りのリストで表示される。
映画の公開までは、まだしばらくかかりそうだが、これも映画の広報のひとつ。
ダウンロードして聞いてみてコメントなども書いてやってください。
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小唄の演奏会があるんだが、おれはちょっといけなくなったから行ってみないかと、石上から電話があった。石上の傾倒しているひとも出るらしい。こんなことでもないとなかなか行く機会もないから、茅場町の証券会館ホールに足をはこんだ。飯田橋からは東西線一本で行けてしまう。JASDAQなんていうのが主要なテナントであるビルの6階だかのワンフロアを占めている。扉をあけたらこぢんまりとして落ち着いたなかなかいいホールだが、舞台のつくりが意外な形式で、まずはそれに興味をそそられた。
舞台には、横長の額縁のようなのがふたつ、横並びになっている。左で演奏しているが、右のもうひとつは幕が引いてある。客席にはあちらこちらに空きがあるのに座席の一番後ろに立っている人が数人。演奏が終わるまで待っているらしい。まだ目が暗さに慣れないうちに演奏が終わったので、ぼくはちょっと腰をおって通路を小走りに前に行くと、腰を下ろすか下ろさないかないかのうちにこんどは右側の幕がひらき、左は幕が閉じられた。かならず唄い手が左に三味線の奏者が右に座る。誰だろうなにをやるんだろうとプログラムと舞台を見比べれば、ふたつの「額縁」のあいだに演目と演奏者が書かれている。寄席のように誰かがめくりに来ただろうかと考えているうちに、もう右の演奏が終わって、また左が開いて右が閉じる。
その変わり目を、よーく見ていたら演目の書かれた紙を張った板が、タテ軸を中心にくるりと回転すると、つぎの演目が現れる。ちょうどむかしの野球のスコアボードに、イニングの変わり目に「1」などと白く書いた板を回転させるのと同じような仕掛けなのだった。演奏者の入れ替わりも、これにおとらずすこぶる能率的なしくみができていて、片方で演奏されているうちに反対側の幕のかげには、つぎの演奏者が座って準備している。幕の隙間から人の移動が見えるのだ。そういう仕組みがわかって好奇心を納得させると、やれやれ、やっと唄に耳を傾けられるようになった。
こう申し上げるのはちょっ憚られるが、男女の情をうたう小唄というものの色っぽさを美しい高音できく心地よさと、目に入ってくる演奏者のお年、それらの間のギャップがちょっと痛々しい気がすることが多く、ぼくは唄の冒頭をちょっと見て、あとは目をつぶって耳にゆだねるようになった。そのことをメールに書くと、おれはそのギャップをむしろ楽しむことにしていると、石上からの返信が来た。
本来は、お座敷で膝を接して香りや空気やひとの気配までも感じながら小唄を聞いて、しかも「ギャップ」のない状況に昔の旦那衆はいたのだから、文化というものが今とはずいぶん様子の違うものであったわけだ。祈りの対象とされていたのと美術館のケースに収められた彫刻になりはてた仏像のようなものだ。
床の間がそうであるように、舞台のフレームはひとつの結界をつくる。それは、観客席にすわるわれわれとは違う非日常の場所があるという約束事を表現しているのでもあり、別のせかいのもつ魔性をあの向こうの筺の中に閉じこめておくための仕組みでもあるのだ。舞台というものが元々そういうものであるうえに、ここではその舞台の上に二重に筺をふたつ並べている。それが、演奏を滞りなく進めるための仕掛けでもあるのだと気づくと、二重の入れ籠がまたおもしろく感じられる。なにしろ、この演奏会では12時から午後6時まで続けられて60組の人々が演ずるのだから、効率よく進めるということは、とても大切なことなのだ。
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いつから気になりはじめたのか思い出せないが、
ドリカムの「サンキュ」という歌について、時々ぼくは若いひとたちにきいてみることがある。
主人公のともだちを、男だと思うか女と思うかということだ。
この歌を知っていそうな人にきくのだから、比較的若い人たちが多いのだが
その中でも、ある年令帯を境にしてそれより年長の世代は「女の子でしょう」と言うが、下の世代は「男の子だと思う」と言う。
Be-eaterのサイトで「雌伏」ということばから始まって、「雄飛」「雌雄を決する」「星飛雄馬」などの言葉を取り上げて雄と雌についてのコメントが交わされて思い出したせいか、一昨日、20代後半と思われる女のひとに久しぶりにきいてみた。「意識して考えたこともないけれど、当然、女の子だと思っていました」と言う。3ヶ月ほど前に4年生の男子学生に尋ねたら「男だと思っていました」と答えた。世代との関係についての仮説から外れたのは、1度だけだった。
ぼくは、女の子だろうと思っているのだが、うちの娘たちは2人とも、男の子だよといった。
「あれが男だったら魅力的な人間だとは思わない」とぼくが言うと、「女の子だったら当たり前だけど、男の子だから面白いんじゃないの」と返す。「たとえば**ちゃんなんか、いま会ったら、きっとああいう感じだよ」と20代なかばの長女がいう。**ちゃんとは小学校の同級生だった男の子のことだ。そうやって具体的な人間が出てくると、いいやつだとぼくも思っているから、大人になった**ちゃんのことを思い浮かべて男でもいいかなという気がした。
ジェンダーというやつ、社会的に規定される性別によるふるまいの違いが、少なくなってきていることの現れなのだろうから、ぼくは、そのことをいいことだと思う。社会的な位置付けを意識しながら、それを利用しようとして「女らしく」振る舞おうとする女や「男らしく」突っ張ろうとする男などのわざとらしさが、ぼくは嫌いだ。にもかかわらず、歌を聞いていると思い浮かぶのは女の子なのだ。
ちなみに、「サンキュ」の歌詞は、つぎのようなものだ。ぼくの仮説によれば、吉田美和は、女の子の友だちだを思い浮かべる世代に属する。
何もきかずにつきあってくれてサンキュ
季節外れの花火、水張ったバケツ持って
煙に襲われて走りながら「きれい」
なみだ目で言うから
笑っちゃったじゃない。
来てくれてよかった。
何もいわずにつきあってくれてサンキュ
煙のにおい残る公園のブランコで
話のきっかけを探して
黙ったら急に鼻唄うたうから
笑っちゃったじゃない。
来てくれてよかった。
今日、彼にさよならしたんだ。
泣かなかったあたし、責めなかった。
えらかったねってあなたが言ってくれるから
ポロポロ弱い言葉こぼれてきそうになる。
好きだったのにな、言っちゃったあと泣けてきた。
また涙目のあなたを見て笑ってないた。
ちょっとかっこわるいけど
髪切るならつきあうよなんて
笑っちゃったじゃない。
来てくれてよかった。
来てくれてよかった。
今日はほんとうに
サンキュ
作詞:吉田美和