August 04, 2011

なでしこの宮間は、いいやつだ

NadeshikoMiyamaSoloS.jpgClick to PopuP:FIFAウェブサイトから

 なでしこの選手たちはそれぞれに個性的で、一途である。
長い間女子サッカーを引っ張ってきた澤については、もう言うまでもないが、宮間の冷静な判断や正確なプレイと人柄はかけがえのない存在だ。 なでしこがPK戦に勝った瞬間、選手が横一線からキーパーの海堀めがけて走り出そうとする瞬間、だれもが前傾姿勢でいる中でただひとり、ニコニコして立っている選手がいる姿をとらえた録画があった。このときに遊びに興じるこどもたちをうれしそうに見ているお母さんのような表情を浮かべている宮間が、喜びの輪に加ったのは、だいぶ後になってからだった。このひとは、そんなことをしても振舞いがすこぶる自然なのだ。

NadeshikoMiyama-Solo2.jpgClick→ソロが宮間のことを語るYouTubeの映像
 そのとき、彼女はただひとり方向を転じてアメリカチームに向かい、戦い終えた相手の選手たちにことばをかけていたのだった。かつて、男子チームがフランスワールドカップの出場を決めた試合のあと、中田英寿がただひとり歓喜のチームをはなれ、芝に腰を下ろしていたのをぼくは思い出した。解き放たれた歓喜の場にあって、ひとり冷静でありつづけられるということは驚くべきことだ。それが、試合中にも冷静な状況判断として役立っているはずだ。
 しかし、中田はそれ以後もチームで孤立し続けたとされているのだけれど、宮間はチームメイトと喜びをともにしながら、敗けたアメリカの選手たちの気持ちを思いやっていたのだ。そのときの宮間のことを、アメリカのゴールキーパー、ホープ・ソロがアメリカのテレビ番組で語っている映像がYouTubeにある。ふたつ目の写真をクリックすれば映像が開いて、ソロの言葉によって、宮間がなにをしにアメリカチームに向かって行ったのかがわかります。
 そういえば、もうひとつ思い出す場面がある。グループリーグの第一線のニュージーランドとの試合で宮間はフリーキックで勝利を決定づけるゴールをきめたのだが、そのとき、選手たちが大喜びで駆け寄る中で当の宮間はすこぶる冷静だった。が、いつのまにか彼女はベンチを目指し全力で駆け寄って控えの選手たちとハグで喜びを分かち合っていた。

 日本の首相や外務大臣の言動が外国の人たちのこころを動かすことは滅多にないが、なでしこたちは、こんな形でもそれをやっていたのだ。だから、首相が偉そうに国民栄誉賞などを贈り、じぶんたちの人気取りに役立てようなどというのは、なんともおこがましい話ではないか。

投稿者 玉井一匡 : 09:00 PM | コメント (6)

July 19, 2011

なでしこの優勝

NadeshikoChamp.jpgClick to Jump into FIFAsite

 とうとう、なでしこJAPANは優勝してしまった。
 ぼくはほとんど眠っていないのに、興奮のせいかしばらくは眠れなかったが、8時ころには、快晴の太陽もまだすこしおだやかだったから、日なたで短パン一枚で眠った。11時過ぎまで綿のように眠ると腹・顔・足の前面が真っ赤に焼けていた。翼朝になって、ヒリヒリする痛みから、やっと解放された。
 グループリーグから決勝まで、これ以上考えられないほどの劇的な過程と結果だったから、ハードディスクからダビングしたDVDは、何度も見ることになるだろう。MADCONNECTIONのエントリーに、「男子A代表が常に監督の名を冠としたチーム名で呼ばれているのに対し、女子は大和撫子に因んで『なでしこ』をチーム名としている」ことについて書かれているが同感だ。男子チームは監督が代わるたびにゲームスタイルを変えてきたが、なでしこは同じ名称をもちつづけ、チームの一貫したアイデンティティーをつくりあげてきた。

 彼女たちが最後の最後まで力を振りしぼるのは、この大会に限ったことではなく、何年も前からこういう戦いかたを続けて、ワールドカップやオリンピックの代表権を手にしてきた。だから、ことし5月の遠征の2試合でアメリカ代表に連敗しても、「試合でつかんだものがある」と選手自身が言えば、そうなのかと信じられた。
NadeshikoKuma3S.jpgClick to PopuP
 PK戦で最後の一本を冷静に決めた熊谷は、出発前の韓国との親善試合では試合開始後すぐに頭を蹴られて交代しながら、保冷剤を頭に載せたまま試合を見続け、終了後に病院に行って何針も縫った。おかげでワールドカップのはじめの試合では、傷口をなにやら布で蔽って出場し、20歳の乙女としてははなはだ情けないカッパのような姿でプレーを続け、ドイツの新聞に勇敢を讃えられた。
 だれもがそういうギリギリの戦いを何年も続けて、ワールドカップの決勝で勝つまでレベルを向上させたのだ。

 男子のサッカーを向上させたのは、Jリーグの発足や芝生のスタジアムという環境の整備だったが、なでしこたちをこれほど粘り強くさいごまで全力をつくすようにさせたのは、皮肉なことに逆境だった。女子のサッカーチームは、会社の気まぐれな方針転換で、いとも簡単に廃部になってしまう。だから、所属チームを存続させるためには、とにかく代表チームで結果を出し続けなければならなかったから、最後まで力を振りしぼって戦ってきた。
この優勝で観客が増え、もっといいスタジアムで試合ができるようになり、サッカーをやる少女も増えれば、もう一段階なでしこが成長するだろう。

 サディスティックな猛練習で支配する監督がいるわけでもなく、選手たちひとりひとりが考えることで、あれほどの体格や身体能力の差をもつ相手に技術とチームワークで互角以上にわたりあえるいいチームができたのだ。なでしこの勝利によって、力ずくではないサッカーの可能性を世界に示した。
おそらくぼくたちの住む小さな島のくには、大きさや高さや単なる早さを競う力ずくではなく、鉄の規律でもなく、あたまを使うきめ細かな連携というのが、じつは性に合っているのではないだろうか。
なでしこ:撫子

■関連エントリー
SAY NO TO RACISM:女子ワールドカップと反差別/MyPlace
なでしこの宮間は、いいやつだ/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 05:30 PM | コメント (0)

July 15, 2011

SAY NO TO RACISM:女子ワールドカップと反差別

NoRacism.jpgClick to jump to FIFA Campaign

 手のひらをかえすというのはこういうことなのか、朝日新聞夕刊を見ておどろいた。
「なでしこ初の決勝」が一面のトップ、社会面は「なでしこ頂点見えた」、もう一枚めくってスポーツ面を見ると「なでしこ 自然体3発」という見出しで、ここもやはりトップという破格の扱いだ。これまで、日本のサッカー協会と歩調を合わせるようにメディアは「なでしこジャパン」を軽んじつづけてきたことを思えば驚くべきことだ。

 ちょうど日本とスウェーデンの準決勝試合前、ならぶ選手たちの前に両チームのキャプテンが立って順番に自国語でメッセージを読みあげた。7月13日はFIFAの「Anti Discriminations Day」(反差別デー)ということで、この日の試合ではみな、このセレモニーがおこなわれたそうだ。録画を繰り返して再生し沢の読みあげたメッセージを書き取った。

「日本代表チームは、人種・性別・種族的出身・宗教・性的趣向・もしくはその他のいかなる理由による差別も認めないことを宣言します。私たちは、サッカーの力をつかってスポーツからそして社会の他の人々から人種や女性への差別を撲滅することができます。この目標に向かって突き進むことを誓い、そして皆様も私たちと共に差別と戦ってくださることをお願いいたします。」沢は、性別による差別が日本には少なくないことを思いつつこの宣言を口にしていたのだろう。この宣言のあと、両チームの選手が並んで拡げた横断幕をかかげた。それには「SAY NO TO RACISM」(人種差別にNO)と書かれていた。

 たとえば、スポニチのウェブ版がつたえるところによれば、サッカー協会が出すワールドカップの報奨金は男子が優勝3500万準優勝2500万に対して、女子は優勝150万準優勝100万という驚くべき格差だ。
 岡田武史がワールドカップで4位以内を目指すと言ったとき、日本の実力はせいぜい30番目くらいだったから唐突に感じてだれも相手にしなかった。その証拠に、ベスト4の目標がベスト16で終わったにもかかわらず、よくやったと言われた。それにひきかえ、なでしこの中心である沢や宮間などは、「なでしこは優勝を目指す」あるいは「優勝します」と公言してきた。すでに彼女たちのチームは世界ランキング4位にあり、技術は一番とされているのだから、その目標は自然なことだ。
 もっとも、男子はいくら高い報奨金を約束したところで払う心配はほとんどないが、なでしこは優勝するかもしれないから安くしておこうと考えた・・・それほど、なでしこを高く評価しているということなのかもしれない。男子の優勝確率は1%もないだろうが、なでしこは大会前でも30%くらいは期待できたのだから。

Nadeshiko1S.jpgClick to Jump to NewYorkTimes
中国で行われた前回の女子ワールドカップでは、なでしこは激しいブーイングにさらされたが、ドイツとの試合に負けたあとに「ARIGATO 謝謝 CHINA」という横断幕をかかげて一礼をした。
それに対して中国では賛辞と、賛辞に対する反論があったと伝えられた。いまのドイツ大会では、試合後に選手たちは横断幕を手に場内を一周する。「To Our Friends Around the World Thank You for Your Support」と書かれていて、世界からよせられた震災へのの支援に対する感謝の気持ちを伝えるためだ。いずれも、ぼくはとてもいいなと感じた。日韓関係は、共催したワールドカップを機に大きく好転した。

 今日のNewYorkTimes ウェブ版のスポーツ欄トップでは、Nadeshikoの快進撃のようすと、決勝であたるアメリカチームのメンバーのインタビューに2ページを割いている。アメリカでプレイしたことのある沢を、チームメイトだったFWのワンバックをはじめ多くのアメリカ選手が知っており、手強い相手だと言う。さらに、ハリケーン・カタリナで被害をうけたニューオリーンズ・セインツがスーパーボウルで優勝したように、地震と津波の被害を受けた日本は、特別な力を発揮するだろうと伝えている。
 国の代表チームの対戦するスポーツは、ときにナショナリズムを昂揚させむしろ対立を深めることがあるが、たしかに人種差別を越え国境をやわらげることもできる。なでしこJAPANの活躍と試合後の努力は、きっと力になるだろう。サッカー協会やマスメディアは、すでに男子チームを凌駕したなでしこに対する「差別」をすぐになくすことがなによりのご褒美、いや、沢のことばによる日本のサッカー協会の約束をまもることだ。優勝しても「国民栄誉賞」などで危篤状態の政府の延命などに利用しないでほしいと、ぼくはいまから心配している。

■関連エントリー
「天から降りてきた日本の真奈」:岩渕真奈/MyPlace(このひとの大活躍が見られれば、サイコーなんだが)

投稿者 玉井一匡 : 07:00 PM | コメント (2)

April 27, 2011

UFWC:日本は非公式世界フットボールチャンピオン

UFWCTshirt.jpg 先週末にJリーグが再開してベガルタ仙台が1:0の劣勢を逆転して勝つなど、ひさしぶりに日本のサッカーを思い出させた。
 日本はアジアカップで無敗のまま優勝してアジアチャンピオンになり、その結果FIFAのランキングは29位から一気に17位に躍進した。その後は震災のため試合をしていないのに、なぜか先日発表されたランキングでは13位に上昇した。それどころか、じつはアジアカップの前に日本はUFWCの「世界チャンピオン」となり、それ以降いまだ負けを知らないままチャンピオンとして君臨している。

 UFWCとはUNOFFICIAL FOOTBALL WORLD CHAMPIONSHIPつまり「非公式世界フットボール チャンピオンシップ」の略である。日本が世界チャンピオンになったのは、昨年、チャンピオンだったアルゼンチンを降したからだ。写真のTシャツは、UFWCのマスコットである恐竜Hughie(ヒューイーというのだろう)が日本チームのユニフォームを着ている姿がプリントされている、日本の世界チャンピオン記念Tシャツで、ウェブショップで買うことができる。(£12,99 消費税込み送料別)いうまでもないが、日本がチャンピオンである間しか手に入れる機会はない。
 ところで、どうして日本が世界チャンピオンということになったのだろうか。

 サッカーの公式世界チャンピオンは、ワールドカップで優勝したチームがつぎのワールドカップの終わるまでの4年間、世界チャンピオンでありつづける。今はスペインだ。しかし、ボクシングではちょっと違う。世界チャンピオンに挑戦した選手が勝てば、その時点でチャンピオンシップは移動する。
 サッカーでもボクシングと同じようにしてチャンピオンを決めたらどうなるだろうというのがこの非公式世界チャンピオンなのだ。非公式とはバーチャルということ、お遊びということである。・・・では、初代チャンピオンはどうやって決められたのか。

 当然のことだが、歴史上初めて行われた国代表のチームによる試合の勝者が初代世界チャンピオンである。
公式ウェブサイトの「About」に書かれているところによれば、ときは1873年(明治6年)、当時ただ2つしかなかった国代表のチーム、イングランドとスコットランドの試合がグラスゴーで行われ0−0の引き分けに終わった。翌年3月8日にロンドンで再試合が行われ、こんどはイングランドが勝った。したがってイングランドが初代チャンピオンの座に着いた。

 その後、チャンピオンチームと戦って勝ったチームがつぎのチャンピオンになるというのを繰り返し、アルゼンチンに日本が勝ち世界チャンピオンになって以来、アジアカップでは一度も負けなかったので、いまもってチャンピオンの座にあるというわけだ。
つぎは、6月1日ペルーとの試合までは、間違いなく日本はチャンピオンでいられる。それまでの間は、間違いなくこのTシャツが買える。

投稿者 玉井一匡 : 09:22 PM | コメント (4)

February 07, 2011

李忠成 韓国系日本人

 Lee.jpgアジアカップの日本チームは、未調整での集合から出発し、はじめは先制点を与え、主力の負傷、レッドカード、アウェイのハンディキャップと次々とやってくる困難をすべて乗り越え、韓国とオーストラリアの二強をいずれも延長戦で直接に破って優勝するというこれ以上考えられない劇的な大会にしてしまった。ザッケローニは日本チームに合う、すぐれた監督であることを示した。さらに、この大会の最後を李忠成の美しいゴールで終わらせたことで完璧になった。国代表の試合が、ナショナリズムによる反目でなく、両者を結びつけることができるのを示したからだ。と、思いたいが、ことはそれほど単純ではない。

 日韓共催のワールドカップは、あきらかに日韓の関係を好転させる重要な契機になったが、李のゴールでそれがさらに新しい段階に行くだろうと思うが、それをかえって面白くないと思うナショナリストたちが両方の国にいるらしいことを、週刊誌の中吊り広告で知った。そう考える人間もいることはしかたないとしても、大手出版社の週刊誌の記事がそれに同調しているような扱いをしている。では、韓国のマスコミは李のゴールをどう扱っているのか知りたくなって「中央日報」と「東亜日報」の日本語サイトを開いてみた。

東亜日報では「日本の李忠成、決勝ゴールで英雄になった サッカーアジア杯」という見出しで、写真なしの記事だが好意的に書かれている。中央日報では、大きな写真入りで「“メード・イン・ジャパン韓国人”李忠成にインタビュー」という記事が掲載されている。彼は、かつて18歳以下のチームで韓国代表によばれたが、韓国語がうまくできずにそこでも疎外感を味わう。その後、北京オリンピックを目指す22歳以下の代表に呼ばれた時に日本国籍をとった。インタビューでは、この間のことや李忠成という氏名の文字をそのままに読み方だけ「ただなり」に変えて日本国籍を取得したことについて訊かれている。李はみずからを韓国系日本人と言っているのが新鮮に感じられた。
 この国は、南方の島々やアジア大陸や朝鮮半島からやってきた人類が住みついた島なのだ。人類が日本列島に起源をもつのでなければ、だれもがみんなどこかよそからやってきた。それは日本人が、じつは世界にひろく起源をもっているということだ。ぼくたちの世界がどこまでも拡がってゆくようで、なんともたのしくなるではないか。だれもが、どこか系の日本人なのだ。

 大会後には、イタリアで5連覇中のインテルが長友と移籍契約というエピローグまで用意されていた。できすぎかもしれない。

投稿者 玉井一匡 : 07:47 AM | コメント (4)

July 17, 2010

「芸能的な由緒正しさの終幕」:小沢昭一

JapanSumoOzawaS.jpgClick to PopuP
 前回のエントリーに加島裕吾さんが長いコメントをくださった。小沢昭一の談話として朝日新聞に掲載された記事について触れ、記事を紹介したサイトのリンクも付け加えてくださった。じつは、はじめぼくは池澤夏樹と馳星周のエッセイとともに小沢昭一の記事を加えた三つのことを書こうと思ったが長くなりそうだから別の機会にエントリーすることにしたのだった。じつをいえば、前のふたりよりも、小沢昭一の発言の方がぼくも好みだ。
 加島さんの小学生時代、父上が大学の先生として松本にいらした。そのとき、芸者置屋の二階を借りて住んでいらしたので、裕吾さんは美しいお姐さんたちにかわいがられて育つという、すてきな(あるいは教育上よろしくない)少年時代を送った。孟子と老子はかくも違うというべきだろうか。だから、裕吾さんは小沢昭一の話に共感できるとおっしゃる。

 小沢は、子供の頃、あまり強くはないけれど美男で人気の力士が贔屓だったので、千秋楽の打ち上げにつれていってもらったことがあった。そこで、後援会長である名古屋の遊郭の大店の女将のことばを聞く。
「関取、大髻を崩して勝つより、負けてもいいから様子よくやっておくれ」
それをきいて、なるほど相撲の世界には別の価値観があるのだと子供ごころに思ったというんだから、ませたガキだ。
「芸能的な由緒正しさの終幕」:2010年7月7日

 相撲は芸能であり、彼らは常人とははなれた異界をつくってきた。そういう世界があるほうが面白いじゃないか、しかし、この様子ではそれももう終わりだなあというのが小沢昭一のつぶやきならぬ嘆きだ。ちなみに、だいぶ前のことだが、丸谷才一も相撲は芸能だと山崎正和との対談で言っている。「半日の客 一夜の友」

 今回のできごとで、「賭博」をした力士や親方ばかりが責められることを、どこかおかしいと感じるのは小沢だけではないだろう。むしろ大部分の人がそう感じているはずだ。相撲取りが堅気の人間を博打に引きいれて借金地獄に放り込んだわけではない。力士たちはカモにされたのだ。金を賭けずに麻雀をやるやつがいるか、二十歳前に酒を飲んだことのないやつがいるかと、思わないやつはどうかしている。

 これを機会に相撲の世界を「健全」なものにしようという改革はなされるのだろう。だからといって、この出来事を突破口にして純粋な加害者たる暴力団そのものを壊滅させてしまうことはけっしてありえない。なぜなら、やくざは犯罪者の秩序を形づくる重要なしくみのひとつとして機能する側面があるからだ。

小沢昭一が「芸能的な由緒正しさの終幕」というとき、「由緒正しさ」とは日常の我々の世界からいえば社会的な規範からの逸脱という伝統のことだ。芸能は社会的規範や制度からの逸脱を特性としているということだ。秩序と、それからの逸脱とは対立するものではない。それは補完するものなのだ。社会的規範へ反抗しようとも否定しようともせずに、ことは彼らの世界のなかで完結させなければならないというのが不文律である。だから、お縄を頂戴しようとも異界に生きるひとびとは悪うございましたと頭を下げるばかりなのだ。パチンコは現金でなく景品だから合法にされているはずだが、必ずすぐ近くにある交換所を通り抜ければたちどころに現金になる。

 そもそも賭博そのものは決して悪ではないことは、国家が示している。なにしろ、国家が胴元になって儲けている博打には、競馬競輪競艇と数多い。悪いのは賭博をすることそのものではなく、国家や自治体を胴元としない賭博をすることなのだ。殺人でさえ、国家が制度のもとにおこなう死刑や無差別の空爆は正しい行為とされる。

 中世までは博打も芸能の一種だったと網野善彦は書いている。古代の中国から、戦の前には占い師の力を借りて吉凶を知ろうとした。占いと博打とは、ほとんど同じ根から成長したものだ。博打の多くは、寺や神社の境内で開かれ、寺銭ということばの起源になった。そういう小世界が幾重にも重なっている世界のほうが味わいがあると思わないか。相撲取りたちがトレーナーを着て、ファミコンだのパチンコなんかばかりで暇をやり過ごす姿を想像しても、ぼくはちっとも楽しくない。

■関連エントリー
「初めての相撲:場所と時代と四季」/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 12:33 AM | コメント (5)

July 11, 2010

菅直人への期待と岡田武史への批判:池澤夏樹と馳星周

click to PopuPJapanPoliticsIkezawaS.jpgJapanSoccerHaseS.jpg
 今朝、というよりも昨日の夜中に、ワールドカップの三位決定戦がおこなわれた。監督の掲げた目標が達成されたら日本がやっていたところだが、ドイツとウルグアイの試合のテレビ放映はどこもやらない。それよりも、今日は参議院選挙の投票日だ。
 先日、ふたりの小説家がそれぞれ一人ずつの人物について書いたエッセイが朝日新聞に掲載されていた。いずれも興味深いだけではなく、ぼくの思うところを書いてくれているのがありがたい。またしても駆け込みだが、投票前にエントリーしておきたい。

 小説家は池澤夏樹と馳星周、それぞれ菅直人と岡田武史について書いたもので、前者は消費税10%を口にしてからマスコミがことごとく批判的になった菅直人について肯定的な側面を評価している。後者は、マスコミがこぞってヒーロー扱いしている岡田武史に批判的だ。
・・・写真をクリックすれば、全文を読むことができます。

 どの新聞も多数と同じ立場に立つのであれば、マスコミというのは、群集心理をそのまま活字にする装置に過ぎない。ここにあげた記事は少数意見だが、すこぶるまっとうな指摘をしている。紙面の一隅において、ひとつの少数意見をもないがしろにはしないことを表明するためのものにすぎないのではなく、まっとうな考えをもつ人もマスコミにいるし、ひとりひとりのなかにまっとうな見方も潜んでいるのだと希望をもちたい。

 沖縄に住む池澤は、沖縄に対する政策の批判を踏まえつつ菅への期待を短い文章で表現している。民主党代表として登場した時にはあれほど持ち上げた菅のことを、消費税の増額を口にしてから支持率という指標の低下をきっかけにマスコミはこぞって否定に転じた。池澤は、消費税の増額という問題を選挙前の時期に口にすることをフェアな態度だとむしろ肯定する。また、「最小不幸の社会」という目標を「久しぶりに質量のある政治家の言葉」であるとして高く評価し、小泉政権のすすめた「自由」は強者の最大幸福を実現し、優位にあるものの立場をますます強化するものとして対比させる。また、首相の座を世襲政治家が継承してきたが、菅が市民運動を出発点としていることも政治の基本であると指摘している。そのとおりではないか。

 一方、馳は、新聞がヒーローとして持ち上げる岡田の、日本代表チームの監督としての能力についての疑問を書いている。監督に奪われていた自信を、幸運の手伝ったカメルーンに対する勝利で監督に奪われ続けた自信を取り戻した選手たちがグループリーグを突破した途端、ふたたび元に戻った。幸運に助けられて達成した結果を過大評価して岡田のしたことを肯定していては、今後の成長はないと指摘する。
 これまで、負けそうになると視線は宙に浮かび、敗戦後のインタビューをすっぽかし、ディフェンスの若いバックアップを一人も育てようとせず、ベスト4を目指すというスローガンを信じないやつは代表に呼ばないと言い放ってきた代表監督。サッカーファンの大多数は、岡田が監督でありながら選手たちはあれだけやれたのだから、オシムが監督だったらどんなサッカーをやっただろうかという思いからはなれられない。それなのに、岡田は「もう一試合やらせてやりたかった」と記者会見で言った。つまり、おれはここまで選手を連れてきてやったと言いたいのだ。この大会の実績のおかげで協会の会長などになることのないように願いたい。
 勝つことで注目が高まった。それを強化に利用するのは結構なことだが、まっとうに評価を下してほしい。しかし、それをできるひとがそういう権力の位置にいるのだろうか。

 谷垣禎一が、ふたたび日本を「いちばん」にすると言うのを聞くと、岡田がベスト4を目標に掲げたのを思い出す。たしかに、かつてある指標からは日本が一番だと言われた。しかし、そのありようがぼくたちに何を残したのか、そして何を目指すべきなのかを考えることは、サッカーの問題よりはるかに深刻だ。

投稿者 玉井一匡 : 07:11 AM | コメント (6)

October 12, 2009

中村俊輔 スコットランドからの喝采

Shunsuke.jpgマーティン・グレイグ 著/田澤 耕 訳 /東本 貢司 監修/集英社
 numberの書評でみつけた。グラスゴー出身のイギリス人である著者が本人の独占インタビューをせずに徹底的に周辺取材をし、日本人読者のためにではなくセルティックのサポーターのために書いた本だから、日本語への翻訳も当初は予定されていなかったというので読みたくなった。中村俊輔のプレーと態度が、セルティックを愛する人たちにどのように受けいれられたのかが、チーム関係者、選手、ファン、友人の言葉によって書かれているのだ。
 原題の「THE ZEN OF NAKAMURA」は、おそらく中村俊輔を通じて見た日本文化観を示しているのだろうが、ぼくたちからは、セルティックファンの俊輔観を通じて、スコットランドのひとびとについても知ることができる。

 2006年11月20日に俊輔の成功させた一本のキックに、冒頭から53ページをついやしている。チャンピオンズリーグマンチェスター・ユナイテッドを破りグループリーグを突破してベスト16へみちびいたフリーキックを、世界中のセルティックファンがどこでどんなふうにして見たかを発掘する。トロントにはじまり、シチリア→ロンドン→ナッシュヴィル→ラスヴェガス→オンタリオ→リオデジャネイロ→ヨハネスブルグ→埼玉→そして、あの試合の行われた地元のグラスゴーに戻ってくる。
 当時世界で一番強いと考えられていたし、結果としてこの大会で優勝したチームの、やはり世界で1,2のゴールキーパーを相手に、ほかのだれの力も借りずにフリーキックを成功させたことも、それがチームを初めてのベスト16を決定づけたこともぼくたちは知っていた。
しかし、セルティックのサポーターたちがどんな風に、そしてどれほどこのフリーキックをよろこんだかを知ることで、ぼくたちはこのゴールと俊輔の意味がわかる。それだけでなく、スコットランドの人たちについて理解することができる。よろこびを露わにすることのなかった俊輔に彼らが謙虚を読み取ってくれる。それによってぼくたちの方も彼らのことを知るのだ。

 NBAにも同じ「セルティック」という名称のチームがある。ボストンには、同じケルト人のアイルランドからの移民が多いからだ。かつてwikipediaのないとき、「セルト」というのは「ケルト」のことなのだと、気づくまでずいぶん時間がかかった。ボストンがアメリカの独立戦争に点火したのも、アイルランドのイングランドに対する強い反抗心があったからだろう。イギリスは、サッカーでは4つの国に分かれているようなもので、得か損かわからないがナショナルチームが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの四つに分かれていることも、イギリス本国さえUnited Kingdom(連合王国)のようなものなんだということを実感させる。古いものを残そうという意志がヨーロッパに強いのも、そういう根が深いからなのだろう。
 日本が、どこもかしこも同じようなまちになってしまうのはまったくつまらないことだが、大国が強引に力で併合したわけでもなさそうなのにユーゴスラビアのように反目して人は殺し合い、都市を破壊しあう。それは、もっとつらいことだ。

俊輔の決めたフリーキックの映像:2006年チャンピオズンリーグでマンチェスターUtd.相手の二本

投稿者 玉井一匡 : 08:39 AM | コメント (0)

February 11, 2009

「天から降りてきた日本のマナ」:岩渕真奈

Mana1S.jpgClick to PopuP
 昨夜の、サッカー2010年ワールドカップのアジア予選で、日本はオーストラリア相手に0−0で引き分けた。
同じ相手にドイツ大会で3−1で敗れ、しかも日本がとった1点は幸運の手助けをうけたのだったから、11日の結果はよくやったというべきなのかもしれないが、ファンとしては満足できない。岡田もこのまま続いちゃうんだろう。
 このごろ、日本のスポーツの多くの分野で女子の方がすぐれているのは周知の通りだが、昨年のオリンピックのサッカーも女子の方が楽しみであることがあきらかになった。それにもまして、昨年の10月から11月にかけて、ニュージーランドで開かれた女子の17歳以下ワールドカップでは希望を抱き胸が高鳴った。といっても、ぼくはテレビでは見られなかったので、FIFAのサイトの記事を追っていた。
 日本チームはグループリーグを圧倒的な強さで1位突破した。
女子サッカーでは世界最強のアメリカを初戦で3−2で破ると、2戦目のフランスにはじつに7−1、パラグアイに7−2で圧勝した。だが、残念ながらトーナメントではイングランドに2−2からPK戦で負けてベストエイトに終わった。にもかかわらず、大会の最優秀選手(adidas Golden Ball)3人のうちの一番目に、日本の岩渕真奈15歳が選ばれた。FIFAのホームページの速報は、試合ごとに彼女と日本のチームを絶賛した。

 そのうちにNumberででも取り上げてくれないかと期待していたが、なぜか日本のマスコミでは、このことを取り上げない。まだ中学生だからそっとしておこうというような心遣いを、日本のマスコミがしているのだとすればうれしいことだが、FIFAのサイトからも、いつのまにか予選の詳細はなくなってしまったので、記録を残しておきたくなった。それにもまして、ぼく自身が日本語で読みたかったのだ。さいわい、アメリカに勝った初戦とイングランドに負けた最後の試合だけは記事と写真を保存しておいたので、まずはアメリカ戦の記事をブログに残しておこう。YouTubeのビデオを見ると、かならずしも岩渕だけが傑出しているのではなく、チームそのものがすこぶる魅力的なサッカーをしているのだ。

初戦のときの記事を日本語訳して写真を添えておこう。

Mana2S.jpgClick to PopuP:FIFA.comより
      *  *  *  *  *  *  *
「天から降りてきた日本のマナ」(予選リーグの試合速報/FIFAによる)
(真奈という名前と、荒野で食べるもののなくなったユダヤびとにマンナという食べ物を神が降らせたという旧約聖書のエピソードをかけた見出しなのだろう。wikipediaには、当然ながら「マンナ」より「manna」の方が丁寧な記述があります。)
 
 なんという選手だ。わずか15才にして、いずれ彼女は女子サッカーのスターになるだろうという私の思いに、だれも異論はあるまい。
この思いはわたしだけではない、ハミルトンにあるワイカト・スタジアムに居合わせた全ての観客の間にもつぎつぎと伝わり、2戦目で日本チームとあたるフランスチームの監督ジェラール・セルジャンさえ例外ではなく、だれしも日本の10番・岩渕真奈に夢中になった。セルジャンの目の前で、ヤングなでしこのプレイメーカーはニュージーランド2008の大会の中でも傑出したパフォーマンスを示し、優美と技と狡猾でニュージーランドの観客にスリルを楽しませ、アメリカのサポーターを苦しめた。
 セルジャンが眉をひそめ岩渕にマーカーをつけるべきか否かと頭を悩ますのをよそに、真奈の監督吉田弘は秘蔵っ子について尋ねられると、手を左右に動かすしぐさで彼女のしなやかですばやい動きを示しながら笑みを浮かべる。岩渕は15才にして日本のチームに欠かせない「うちのキープレイヤー」だという吉田の言葉をまつまでもなく、足をすくわれたアメリカ選手たちがいさぎよく賛辞を送り、チームのスターのひとりに「あの子は、ずば抜けているわ」とさえ言わせた。
「前半は、ちょっとナーバスになっていました」と岩渕はFIFA.comに話した。「初めての試合だったし、なにしろ相手が強いアメリカでしたから。でも、わたしたちはとにかく自分らしくやれたので、それがわかってからはすっかりリラックスして試合を楽しめるようになりました。」

ーわたしには、グループ戦をトップで突破することが、とても重要なんですー

岩渕は、目標を高くおいているのだ。
「わたしたちには、グループ戦をトップで突破することが、とても重要なんです。それには、全勝しなければなりません」
 目標にしている選手は?ときかれると、岩渕はリオネル・メッシと女子サッカーのマルタをあげた。スピードにあふれたアルゼンチンの天才メッシや女子サッカー最高のタレントとは、まだ肩を並べるのは早いにしても、技術には通じるところがあるのはまちがいない。身長がないというところは彼女のアイドルたちと同じだが、15歳という若さは、パワーと身体能力をマルタまで伸ばす時間が充分にあるということだ。今大会の参加者中で二番目の軽量44㎏という身体で、すでに蝶のように舞い蜂のように刺すという域に達している。
 彼女を体格の差で阻止しようという試みは、はじめ泥沼にはまったものの後半戦ではときにパニックに陥りながらも二人がかりの守備がある程度成功した。にもかかわらず、同じやり方は通用しないと岩渕はフランスに警告している。「後半は、前半ほどには思うようなプレイができませんでした。アメリカのプレッシャーが強くなったんです」と認めながら「でも、こういう戦術を実際に経験できたのは、とてもよかったと思います。もう相手の出方が予測できますから、つぎの試合ではなんとか対応できると思います、きっと」
レ・ブリュエット(フランス女子)にとってはやっかいなことだが、ニュージーランドに来てから、まだ彼女のベストを見せていないというのだ。
「わたしも、チームも、アメリカとやったときよりもずっといいプレイができます」と。
北米代表を相手に見せたアジア代表の攻め上がりは、すでにとても美しい戦い方だったから、それよりももっとよくなるというのはおどろくべき発言だ。たしかに、岩渕はベストに達しないまま安住するプレイヤーではない。あこがれていたチームを破ったということは日本もタイトル争いに名乗りを上げたということだねとたずねると、躊躇なく答えた。「もちろんです」
まもなく彼女の自信が検証される時が来る。指揮官の大胆な予言からすれば、これは信ずるにたる予測のようだ。    (玉井訳/誤訳があるといけないので以下に原文を添えます。)


--Japan's Mana from heaven--

"What a player! She's young - only 15, I think - but you can she is a future star of women's football."
These words, echoing the thoughts of everyone inside Hamilton's Waikato Stadium, belonged to France coach Gerard Sergent, and were devoted to Japan's brilliant No10, Mana Iwabuchi. Sergent had just watched the Young Nadeshiko playmaker provide arguably the outstanding individual performance of New Zealand 2008 to date, thrilling the Kiwi crowd and tormenting favourites USA with a display of grace, skill and cunning.
While Sergent furrowed his brow and pondered the merits of assigning a marker to follow Iwabuchi's every step this Sunday, her own coach, Hiroshi Yoshida, merely grinned when asked about his talisman, moving his hand quickly from side-to-side to symbolise her lithe, darting movements. It certainly didn't require Yoshida labelling Iwabuchi "my key player" to identify the 15-year-old's importance to Japan's cause, with the heavily-tipped Americans left to graciously pay tribute to a player hailed as "outstanding" by one crestfallen US star.
"I was actually a bit nervous beforehand," Iwabuchi told FIFA.com, "just because it was the first game and it was against a great team in the US. But we managed to play our own style against them and once I saw that we could do that, I became more relaxed and started to enjoy the match.


--It was a great one for us to win because my ambition is to finish top of this group.--

Iwabuchi is setting her sights high.

"It was a great one for us to win because my ambition is to finish top of this group. And to do that, we're going to need to keep on winning."
When prompted, Iwabuchi named Lionel Messi and Marta as the players upon whom she has modelled her game, and while comparisons with Argentina's darting genius and women's football's greatest talent are perhaps premature, the technical similarities are nonetheless too obvious to ignore. Like her idols, she also lacks in height, and while the 15-year-old would benefit from developing Marta's power and physique - at just 44 kilos, she is the second-lightest player in the entire tournament - she is already well capable of floating like a butterfly, stinging like a bee.
The Americans' attempts to dominate her physically certainly floundered and while their panicked plan of ‘doubling up' succeeded to an extent in the second half, Iwabuchi warned France that the same ploy will not work twice. "In the second half, I wasn't able to control the play as I had in the first because of the pressure the Americans put on me," she admitted. "But it was a good for me to experience that kind of tactic and now I know what to expect, I'm sure I can cope with it in our next match."
Worryingly for Les Bleuettes, she also insists that New Zealand hasn't seen anywhere near the best of her yet. "I can do a lot better than I did against the US," she said. "I know I can. And so can our team."
This might seem a remarkable statement, given the stylish manner in which Asia's runners-up disposed of their North American counterparts, but Iwabuchi is clearly a player unaccustomed to settling for anything short of the best. Indeed, when asked if beating the favourites meant that Japan too could now be considered candidates for the title, she responded without hesitation. "Oh yes. Definitely!"
Only time will tell whether her confidence is justified, of course. As for Sergent's bold prediction, that looks to be a safer forecast altogether.

投稿者 玉井一匡 : 11:59 PM | コメント (15)

October 20, 2008

トロピカーナフィールドのエイ

RaysWinS.jpgClick to PopuPRaysTouchS.jpg
とうとうタンパベイ・レイズがレッドソックスをなんとか降してアメリカンリーグの優勝を決めてしまった。左の写真は、優勝直後のレイズのウェブサイトのムービーを止めたものだ。このとき岩村は、まだ右手にウィニングボールを握りしめている。
10年前1998年につくられたばかりの弱小チームをぼくが気にするようになったのは、昨年、ヤクルトから岩村が移ってからだから1年前のことにすぎない。Wikipediaには、去年までのことがこう書かれている。
「デビルレイズ時代の10年間の通算成績は645勝972敗(勝率.399)という数字で、2004年の地区4位以外はすべてのシーズンで地区最下位だった。勝ち越したシーズンは一度もなく、シーズン70勝に達したのも2004年のみ。」
去年まで、チームの名称はDevilraysといった。パンクロックのグループやプロレスラーならともかく、「悪魔」なんていうのは野球チームはつけそうにない名称だ。どういうわけだろうと気になったので、去年のシーズンはじめにチームのホームページを開いてみた。

 ホームはフロリダ半島西岸の中央に位置するSt. Petersburg:セントピーターズバーグ。(ロシア語ならサンクトペテルブルグだが、関係はなさそうだ。)devilrayは、このあたりの海、TampaBayだろう、にいるエイの一種なのだ。10年の実績の結果、勝利の女神は悪魔には微笑えまないという結論に達したのだろう、今年からDevilをはずして「Rays」になった。「ray」は「エイ」のことでもあるが、その前に「光線」の意味だ。太陽が売り物のフロリダだから「光」をチーム名にしたわけだ。それでも、ユニフォームの左の袖にはエイのアイコンがついているから、けっしてエイを捨てたわけではない。なにしろこのホームスタジアムであるトロピカーナフィールドの右中間フェンスのすぐ内側(いや、外というべきか)のスタンドにはRays Touch Tankと名付けられた、容量10,000(約38,000L)ガロンの水槽があって、20匹以上のcownose rayという種類のエイが泳いでいる。フロリダ水族館:THE FLORIDA AQUARIUMと提携して2006年にはじめた企画だそうだが、この池の中にレイズの選手がホームランを放り込むと、5,000ドルがチャリティに、2,500ドルが水族館にスポンサーから寄付される。この池のことを読んで、ぼくはますますDevilraysが好きになった。応援のときにファンがいっせいにカウベルを手にして鳴らすのは、このcownoserayにちなんでのことなのだろうか。
 試合前には子供たちにエイを触らせてくれるそうだ。youtubeを探してみると、こんな映像があった。

投稿者 玉井一匡 : 01:24 PM | コメント (10)

July 10, 2006

ToshoCalcio-4


ワールドカップは、スケジュールをすべて終えてしまったけれど、どこかにまだ燠火がくすぶっているような気分だ。決勝ではどちらを応援しようかと考えた末に、ジダンの最後を飾らせたいとフランスを応援していた。それだけに、ジダンの突然の不可解な頭突きにはおどろいた。もしかすると、ひとつの大会で2枚のレッドカードをもらうというのは初めてのことではないだろうか。まだまだジダンは80%くらいのできと思っていたのを、あの少し前、フランス大会を彷彿させる強烈なヘディングシュートを放って見直したあとだけに余りにもったいない。ろくに使われなかったトレゼゲはただひとりPKを外したあとにユベントスの降格が待ち構えている。なんだか苦い後味を沢山のこした。その点で日本は、ぼく自身も含めてもうとっくに切り替えが済む能天気でオシム歓迎ムードに染まってしまい、「オシムの言葉」はamazonも在庫がないのか古本の方が高い値段がついているし、新宿図書館は所蔵の4冊の本に予約51件もあるそうだ。ところで、トルシエの通訳だったフローラン・ダバディのblogで、「日本サッカー協会会長に立候補します」というのを書いているのが、なかなか面白い。
さて、本題のToshoCalcioですが・・・・・・

1位、2位とも予想的中された方はゼロ。わずかに、3位のドイツをtetsuyukiさん、nozKさんのお二人が的中されたので、表の通りKAD3さん、tetsuyukiさん、nozKさん、MIROさんの4人で23,000円の図書カードを山分けすることになりました。お一人当たり5,750円です。もしもフランスが勝っていれば、tetsuyukiさんの独り占めでした。・・・・カードは郵送もしくは、ご近所の場合にはお手渡しします。
途中で間延びするので、次回からはベスト8を当てるのも加えて3ステージ制にする改正案を委員会に上程することを検討中であります。もうすぐ女子ワールドカップの予選がはじまるし、北京オリンピックの予選もありますね。その前に、全試合をDVDに移して反省しよう。こんどは、僕も、もうすこし確率を考えることにします。
ではまた北京で。

投稿者 玉井一匡 : 12:38 PM | コメント (7) | トラックバック

June 23, 2006

ToshoCalcio-3

第3回中間発表/日本のグループリーグ終了:表をクリックすると拡大します。
日本チームのワールドカップは終わってしまいました。クロアアチアが1-0でリード、アレックスの一世一代のパスと玉田のシュートで1点を取った時には、「もしや」の期待で一瞬にして寝ぼけまなこが開きました。しかし、サッカー選手とは思えぬ体形と動きのロナウドに2点をとられ落胆、ほれぼれするようなジュニーニョの弾丸ロングシュートに降参。自在にまわされ時間つぶしに入られたころには、クロアチアも同点に追いつかれて万事休す。
 さて、トショカルチョ第一ステージが終了しました。現時点では日本チームと気持ちを共にしようとした人たちは心意気に殉じてポイント数で低迷、冷静に確率にしたがったひとたちはポイントを稼いで、kad3さんとMIROさんが5ポイントで1位、1ポイント差で4人の方が追走中です。

投稿者 玉井一匡 : 01:17 PM | コメント (22) | トラックバック

June 19, 2006

ToshoCalcio 2006-2

第2回中間発表:表をクリックすると拡大します。
 ぼくは考える気力がありませんので細かいことはマスコミに任せるとして、日本のグループリーグ突破にはブラジルに2点差で勝つのは最低条件です。クロアチア1*オーストラリア0/日本2*ブラジル0の場合、日本とクロアチアが勝ち点4、得失点差0でならびますが、総得点で日本3、クロアチア1で日本が2位通過というのがもっとも楽な道です。・・・・・やれやれ。ブラジルがロビーニョを温存してロナウドを使ってくれることを期待しましょう。それにしても、ライバルのはずの韓国は強い。
今回の結果、kad3さんとMIROさんが4ポイントを獲得してトップ。3ポイントの方が4人。16人が0点です。

投稿者 玉井一匡 : 05:07 PM | コメント (4) | トラックバック

June 13, 2006

ToshoCalcio 2006

日本の初戦を終えたトショカルチョ参加者23人の第1回中間発表:表はクリックすると大きくなります
途中までは期待がふくらんでいただけに日本チームの応援団としてはつらいスタートでした。得点差も含めて当てた方はただ1人(ハヤシチチさん)、日本の負けだけが当たったのは2人(DONさん、MIROさん)でした。
 アレックスなんか使うな、松田と松井をいれておけばいいのになんて思いながら、しかしサッカーに限らず、ひとに決めらてもらわないと行動できない日本の文化を変えることをジーコは考えているのだと、ぼくは思いたい。ひとりひとりが思うように楽しみながらやることが、全体としてもいい結果を生むという社会になってほしいと。
全体としては、2002年とはちがって強いチームが順当に勝っているので、興味深い組み合わせを見られそうですね。
ぼくは、予想というよりは希望をこめてもともと低い確率に投票したのだから、希望は捨てないぞ。

投稿者 玉井一匡 : 08:14 PM | コメント (17) | トラックバック

March 19, 2006

アメリカの原罪

USAloser.jpg
 ワールド・ベースボール・クラシックでアメリカは、なりふりかまわず自分たちに優位な環境とルールをつくりながら2次予選で敗退した。この大会でのアメリカの振舞いはブッシュUSAそのままだった。審判の多くにアメリカ人を選んだ。反米意識が強く大リーガーを揃えた南米チームのならぶグループを避け、メキシコ、日本、韓国のグループを選んだ。そうやってさまざまなアメリカ優位の仕掛けをつくったが、そのことは、かえって相手チームをやる気にさせ、アメリカの選手たちはやる気をそがれていったようだ。
 日本とアメリカのゲームでの誤審に批判的だったニューヨークタイムズは、アメリカの敗退をどう書いているかが気になって、ニューヨークタイムズのサイトを見た。ここでさえ、この期に及んで未練たっぷりな記事を書いている。「もし、メキシコがビジターだったら、彼らがアメリカに2−1で勝っても韓国と一緒に準決勝に進んだのはアメリカだった」と。はじめは、これが何のことか僕には分からなかった。
二次リーグで勝ち負けが同じチームができた場合には、失点率という指標で比較することになっている。失点数をイニング数で割って、それに9を掛けるから、一試合あたりの失点数を示す。ピッチャーの防御率の計算の自責点をチームの失点でおきかえたものだ。日本は17イニング2/3で5失点、アメリカは17イニングで5失点だった。メキシコとの試合では後攻のメキシコが勝ったので、9回裏がなかったけれど、もしメキシコがビジター扱いで9回表の攻撃をしたら、アメリカは18イニングで5失点になるので、失点率が日本より少なくなっていたというのだ。ニューヨークタイムズさえ、もともとアメリカ有利の条件がつくられていたことを批判しない。
 しかし、かつてアメリカの野球は、外国人に対してむしろフェアだと、ぼくは思っていた。

 かつて王がハンク・アーロンのホームラン記録を更新したときに、球場の広さやピッチャーの力が違うということを問題にせず、アメリカは世界記録として評価した。もし、王の記録を台湾や韓国のバッターが破ったとしたら、日本の野球界は素直に評価することはしなかっただろう。野球だけではない。日本は滅多に難民を受け入れないが、アメリカは多くの移民を受け入れてきた。しかし、フェアなアメリカと世界中を自分の国のようにして干渉するアメリカは、実をいえば同じひとつの根から生じたものだとぼくは思う。

それは、国作りにまつわる原罪。アメリカは盗んだ土地の上に国を作ったという事実だ。土地の所有という概念すら持たなかった遊牧民を相手にして協約という一見したところ正当な手続きで、あとからやってきた連中が土地を取り上げた。この行為を正当化するには「本来、土地はだれにでも開放されている。自ら開拓すれば、そこは彼のものだ。」という論理をつくるしかないだろう。
 「だから・・・」というその先の結論で二つに分かれる。ひとつは、外国から来る者に対しては「自由にこの国においで」というフェアな態度として表れることが多いが、他方、アメリカが外に出てゆく時には「ほかの国も我々のようであるべきだ」と、未熟でローカルなルールを他者に押しつけ、ときに軍隊すら投入する。アメリカ国内で開かれはしたが、国際大会という外の場で行われたこの大会で、二つ目の振る舞い方をあらわにしたのだ。自分たちに合うように世界を書き換えるという、いつもながらのスタイル。

アメリカで一番のチームを、これまでワールドチャンピオンと呼んできた。この大会を真の世界一を決める大会だと位置づけたが、アメリカを一番にするために強いチームをつくることに力を注ぐよりも、アメリカ有利のルールをつくりあげようとした。にもかかわらず、それは失敗におわった。ブッシュUSAと同じく、アメリカ基準にすぎないものを世界基準と言いくるめようとしたが失敗、アメリカ嫌いの感情を参加国に残した。アメリカのグループからは日本が、もう一方のグループからはアメリカの大嫌いなキューバが決勝に進むことになった。ぼくは、アメリカが負けたことだけで満足だったが、日本が勝って大満足になった。

投稿者 玉井一匡 : 03:30 PM | コメント (1) | トラックバック

October 23, 2004

ビッグリバー

huckdad.jpg  長女が家族にチケットをプレゼントしてくれたので、「ビッグリバー」というブロードウェイのミュージカルの日本公演を見た。「ハックルベリー・フィンの冒険」をミュージカルにしたものだから、ビッグ・リバーとはミシシッピのことだ。隅田川を大川と呼んだのと同じだなと思いながら地図を見ると、ミシシッピはシカゴのあるイリノイ州からセントルイスをへてニューオリーンズで海に出るのだからまったく大きさがちがうんだ。そのあいだ10州の境になってアメリカを縦断する。日本のシンボルとされるのは富士山だが、アメリカのシンボルはミシシッピ、山でなく川なのだ。大きな川は、対岸同士は隔てるけれど上流と下流にとっては離れたところを結んでくれる。
 耳の聞こえない出演者が1/3を占めながら、音楽劇を聾者が演じるという逆説と不自由を、むしろ表現の豊かさに変換してしまっている。聞こえる人たちも含めて全員が手話を併用する。とはいえ、そこに至るには想像をこえるものがあったにちがいなく、2年をついやしたのだという。

 表現が豊かになるのは、手話という表現形式がひとつ加わる結果だけではない。聾者の代わりに、さまざまなかたちをとって他の出演者が話し歌うからだ。たとえば原作者のマーク・トゥウェイン役が狂言まわしをしながら、ハックの台詞もしゃべる。ハックの父親は同じ服装のもうひとりの役者が鏡の中の姿として登場するがすぐに鏡の外に飛び出して、ハックの親父の台詞をしゃべる。ある役の台詞は、舞台の奥の高い台のうえから聞こえる。人形浄瑠璃の人形と人形使いと囃子方の関係のようだ。あからさまにほかの出演者が歌い語ることで舞台に厚みを増す。

たった一度だけ、短いあいだ音がまったくない沈黙の時間があった。手話だけが歌っていた。
そのときですら、感じたのは不自由より大きくなった可能性だった。もともとおたがいにことばの通じない人間で作られた社会では、聞こえない話せないというハンディキャップ、そして手話ということばも数多くのことばのひとつにすぎないのかもしれない。

「ああ楽しかった。もう一度見たい」と、翌々日に見た次女は言ったが、ぼくはおもしろかったが楽しいとはいえなかった。舞台の左右に縦に流れる電光掲示板による日本語の字幕というメディアが、ぼくの聞き取りの能力不足を補い理解を助けてくれたが、おかげでひどく目が疲れ、楽しいとおもえる気持がちいさくなったんだろう。たのしむためには、字幕は余分なメディアだったのかもしれない。
むすぶものとへだてるものは、なかなか一筋縄ではゆかないもんだ。

投稿者 玉井一匡 : 04:00 AM | コメント (0) | トラックバック

August 31, 2004

トショカルチョ

simpatico.jpg 図書券をかじって屈折した喜びをみせる優勝者
 日韓ワールドカップにつづいて、今回のオリンピックでもサッカー好きたちに声をかけて1人1000円ずつの図書券を賭ける「トショカルチョ」を開催したのだが、今日、優勝者に賞品が贈られた。
図書券を賭けるのは、図書券麻雀は合法だと警察幹部の麻雀をかつて肯定した故事によるのだが、ほかにもさまざまな利点がある。
1)参加費を普通の郵便で送ることができる。 
2)500円券なら1000円札の2倍の枚数になる 
3)図書券の方が現金よりも使いでがある。 
4)日本の出版文化に貢献する。 
5)図書券に提供者の氏名を書いておくと、使うたびに勝利のよろこびを再現する。

グループリーグとトーナメントに分けて、つぎの方法によるポイントの合計の最も多い人がすべての図書券をもらう。
*グループリーグ:日本の勝ち負けを、3点差以上、2点差、1点差の勝ちと負け、それに引き分けという7段階にわける。ぴたりと当たれば3ポイント、勝ち負けだけ当たれば1ポイントを得る7者択1
*トーナメント:1位、2位、3位のチームを予想して、1位があたれば4ポイント、2位で3、3位は2ポイント。
Excelで作った組み合わせ表に計算を組み込んで、各試合の得点を記入すれば投票者のポイントが自動的に出てくるようにしたワークシートを作ってある。因みに、主宰者あるいは胴元には何の特典も利益もない。

 今回はあまり声を掛けなかったので参加者は10人だったから、優勝者は一人のばあいでも図書券10,000円分を手にするにすぎない。もともと、ゲームを見る楽しさを増そうという目的から始めたことだから、多くの参加者は当てようというよりは、希望を込めて投票する場合が多い。
それでも、対戦表を見ながらすべてのゲームの得失点と勝ち負けを考えながらシミュレーションをする。得失点差が予選リーグの突破を決めることがあるのだ。
 10人のうち9人が日本の予選突破に賭けた。しかしサッカー通にとっては、日本の1位予選突破や優勝という予想は、はずかしくてできないし、大本命のアルゼンチン優勝もおもしろくないと考えたにちがいない。彼は日本が1点差で全敗、ダークホースのマリが優勝、2位韓国、3位コスタリカという予想をした。

 結果は、おたんこ那須の大ミスのおかげですっかり調子をおかしくした日本が予選敗退。サッカー通は日本の負けたはじめの2試合だけで3ポイントずつ合計6ポイントを取った。トーナメントでは1ポイントも取れなかったが、そのまま6ポイントで逃げ切った。石上申八郎氏である。
 ぼくは0点。新しい参加者iga氏は1点に終わった。ある参加者からは「玉井さんはドーピングテストの必要がありませんね」 というメールを頂戴した。
 しかしシドニーオリンピックでは、ぼくは1位となって20枚の図書券を獲得したことを付け加えておきたい。

投稿者 玉井一匡 : 09:18 PM | コメント (0) | トラックバック

June 06, 2004

ボールの行方


 昨日、夕方の現場打合せのあと、ヤクルト*巨人のチケットをもらって神宮球場に行ってきた。
 ぼくは子供時代から熱心なジャイアンツファンだったのに、数年前からは、勝っても負けてもよろこぶことができる。勝ったときはすなおに喜ぶのだが、負けたときにはナベツネめざまあみろと喜ぶのだ。ジャイアンツのファンは、こういう屈折した悦びを楽しめるオトナでなければならないのだと、友人には言う。だが実は、いずれのときも心底からよろこぶことがでなくなってきた。

 無理矢理に制度を変えて始めたフリーエージェント制で、ビッグネームにはことごとく手を出して、金力に任せて4番バッターを集めまくるというやり口にはファンでさえ腹が立つ。そのたびに、ベンチや多摩川のグラウンドに若い選手が腐ってゆく。それがはなはだしい今年は、数年前までそれぞれに4番を打っていた連中がベンチでカビを生やしている。よそにいれば、かれらはまだ4番を打っているはずだから、日本の野球のレベルを低下させている。
 サッカーの日本代表や贔屓のチームがが勝ったときのような大喜びができないから、年ごとにジャイアンツのファンでなくなってくる。とはいえ、そのかわりに他のチームを応援することにはならない。だから日本の野球そのものに興味が薄れてきた。

 ひさしぶりにスタンドに座っても、勝ってもいい負けてもいいと思っているので、「何を食べようか」と考えたり、夕暮れの空の美しさを見ては、屋根のあるグラウンドより空の下の方がいい、人工芝より天然芝がいいなどと考えながら、妙な余裕にひたっていた。上原が三振をとってチェンジになるときには、キャッチャーの阿部が受けたボールを3塁側のスタンドに投げ込む。そのとき、いつもぼくたちの席の4,5メートル左にボールが落ちることに気づいた。そのころには、あたりのだれもが気づいていたから、6回裏に三振を取って阿部がダッグアウトに戻り始めると、観客が立ち上がって手を挙げる。池に投げられる餌を求めて水面に口を出す鯉の群れさながら、あるいはパスを請求して手を挙げるサッカーのフォワードのようだ。観客が直接の捕球に失敗したボールはコロコロと座席の足下を転がって、ひとびとの手を逃れたあとにぼくの隣の席までやってきた。思わずしゃがんで手を伸ばしたぼくはそれを拾い上げると、反対側の隣席にいた娘にすばやく手渡した。
 腰をおろしてグラウンドに目をもどすと、隣に並んだふたり連れの一方が「ボール誰がとったのかしら?」と言っている。わからなかったのだろうか?娘と目を見合わせた。そういえば僕が拾ったとき、その座席の主であるこのひとはどこにいたのだろうか、ぼくには全く記憶がなかった。そのままの所にいれば、ボールの隣に彼女のふくらばぎがあったはずだが、そんなものを見た覚えはないけれど、そう言われるとなんだかひとのものを取っちゃったんだろうかという気がしてきた。だからといって、あなたのものだと言ってボールを渡そうとも思わない。

 ファウルボールを直接にキャッチした人たちは誇らしげにボールを掲げ、彼あるいは彼女と競わなかったまわりの人たちは拍手で祝福する。それはスポーツとしての喜びのようだ。だが、数メートルをコロコロコロと転がってきたボールには、幸運が秘められている気がした。ぼくたちはボールをかざすよりも大切に手のひらに納めていた。
 つぎにボールが投げ入れられた時には、遠くの席にいた子供たちも気づいたらしい。グラブを手にした子も含めて、数十人が通路に集まって競争に加わってきた。もし、もう一つ取ったら、向かいのちびにやろうなどとぼくは思っていたが、もう競り合いに参加することさえできなかった。帰りがけ、娘が手にしたボールを、じーっと見つめて目を離さない男の子とすれ違った。

投稿者 玉井一匡 : 11:40 PM | コメント (4) | トラックバック

February 02, 2004

野茂の笑顔

NBC.jpg NBC website のトップページ

 4人の日本人大リーガー、野茂、イチロー、長谷川、松井の2003年を1日にひとりずつ振り返るドキュメンタリーが年はじめにBSで放送された。野茂のときには、日本に帰ってきた彼の活動の様子も紹介された。かつて社会人時代に所属していた新日鉄堺の野球部が廃部にされたが、野茂はアマチュア野球のチームを作り、そのグラウンドを借りて直接に指導をしている。しかも、チームの一年間の運営費5000万円ほどのすべてを野茂が負担するという。胸の熱くなるいい話だった。

 去年の新聞のインタビュー記事に、かつてドジャーズのオーナーだったオマリーが出ていたことがある。「滅多にみせないけれど、それだけに、時おり見せる野茂の笑顔はすばらしい」という。ふだんのぶっきらぼうな表情の下に、心のそこから沁み出してくるようなあの笑顔が潜んでいるということを、日本の多くのマスコミは読み取れなかったのに、アメリカ人のオーナーがそれに気付いていたのを知ってぼくは感心したが、彼の活躍に拍手をしたアメリカのファンも、それを読み取っていたのだろう。

 アメリカに行こうとした野茂を、ぼくの知るかぎりTBSを除くスポーツ新聞もテレビも、日本野球に対する謀反人ででもあるかのようにこぞって袋だたきにした。彼らは、ぶっきらぼうの下にひそむ笑顔を読み取れなかったのだ。そんなこと、マスコミは知らなくてもファンはとうに分かっていた。みんな、ただ野茂が大リーグでどれくらいやるのかということを楽しみにしていたのだ。マスコミは気付きもしなかったのか、日本のプロ野球というシステムに気をつかったのか。そのくせ、ドジャーズで活躍を始めると、掌をかえしたようにあらゆるマスコミがアメリカに押し寄せて周囲の眉をひそめさせた。

 ぼくたちの国家では、寄付金が課税の対象から控除されない。つまり、自分たちの社会を、ひとりひとりの人間が自分の意志で作ろうとすることを国家が受け容れようとしないということだ。それは「国」のやることだよという制度が、この国家を形成しているということだ。マスコミも自分たちが従っている制度を逸脱するような、野茂の行動をかつて否定したのだ。
スポーツを金もうけや広告の道具としか考えないオーナーたちや企業は、彼らの組織という制度がなによりも大切なので、スポーツそのものを愛するひとりひとりのプレーヤーやファンの気持ちが理解できない。

しかし、野茂は、自らの意志と野球に対する愛情で日本の野球を育てることに力を尽くそうとしている.。中田英寿の場合も同じような扱いをうけ、おなじように自分の意志と力でサッカーを育てようとしている。かれらは、現在の制度やそれに寄生しているものたちを肯定しているわけではないが、野球やサッカーを心から愛しているのだ。

野茂ベースボールクラブのウェブサイト
http://www.nomo-baseball.jp/index.html

投稿者 玉井一匡 : 03:30 AM | コメント (0) | トラックバック