October 19, 2011

ちぎれたサドル

SaddleS.jpgClick to PopuPSaddleNS.jpg
 またしてもあいつがモノをこわしたというエントリーかと嬉しがる皆さんの表情が目に浮かぶが、今度ばかりは壊れたとはいえ天寿を全うしたのだと胸を張りたい。
雨の降らない日は毎日のように、十数年にわたって70kgをささえつづけた自転車のサドルが、とうとう壊れたのだから。とはいえ、新旧2つのサドルの写真を並べると、ずいぶん情けない姿になっている。

 サドルの一枚皮をフレームに固定するピンが、前に3本うしろに6本あるのだが、そのうち前の3つのピンの穴すべてで皮がちぎれてしまった。自転車の折れてしまったフレームを溶接してくださったタカムラ製作所の高村さんには、そのときサドルを見ながら「これもすごいなあ」と言われた。「スルメのようだ」と言われたのは秋山さんだ。なんとでも言うがいい、たしかにスルメだがオレはこのサドルを愛しているのだと内心で思ってぼくは鷹揚に微笑むのだった。
新しいやつをamazonに注文したのが宅配便で届けられたので2つを並べてみると形といい色といい、初めはこんなだったのかと驚いた。

 いまのサドルは、プラスティックやプレスした鉄板をクッション材と薄い皮や人工皮革でくるむという作り方が多いが、1866年創業のBROOKSのサドルは、厚くて固い牛革一枚をプレスしたものをスティールのフレームに張るという仕組みを今も守っている。たとえば弓に弦を張るような仕組みだから、皮は前後に引っ張られるのだ。丈夫なものではないか。

SaddlesBackS.jpgClick to PopuP BROOKSのサイトを開いてみると、トップページのFEATURED CONTENTという欄に44 YEARS IN USEというサドルの写真があった。ウィークデイに毎日12km走ったと書いてあるから、44年間の走行距離は12*5*52*44=137,280km。走行距離でいえばわがスルメサドルの2倍くらい走っている。ぼくは自転車を雨にさらしたのは2、3回くらいしかないが、皮の表面には細かにひび割れがはしっている。ロバート・レッドフォードの顔の肌を「亀の甲羅みたい」だと口の悪いおすぎが言うけれど、ちょっとそんな感じになった。
 しかし44年モノの表面をみると、まだまだ使えそうだ。これはサドルの後側にコイルスプリングがついているタイプだから振動を吸収する。だから、皮にかかる引っ張り力は大分おだやかになるが、スポーツタイプのサドルは、おそらくピンと張った皮そのものがわずかに伸縮して振動を吸収するのだ。
それを思えば、10数年間を耐えてくれたことにご苦労さんと言おう。

投稿者 玉井一匡 : 11:23 PM | コメント (6)

March 04, 2011

TechLiteとMINI MAG LITE

TechLightS.jpgClick to PopuP
 ひと月ほど前、aki's STOCKTAKINGにまたしても新しいライトがエントリーされた。もちろんAKiさんは購入済みである。「Light」というカテゴリーのエントリーはずいぶん多いなと思って数えたら、もう42回目で、これもコストコで発見されたものだった。
TechLite LUMEN MASTERという。単4電池を3本を束ねて使うので、ミニマグライトより少し太くずいぶん短い。さっそくぼくはコメントに「こんど、またコストコにいらっしゃる機会がありましたら、私にもひとつというかひとパック、お願いします。」と書いた。3つでひとパックになっているのだ。
そのあとに、ぼくが壊れたモールトンの救いの神が現れたことをエントリーすると
「コストコのライト……三個パックは用意してありますですよ。」と、AKiさんのコメントがあった。

 自転車を取りに行く前の日に、それが宅配便で届けられた。しかし、ライトのことはあらためてエントリーしようと思っていたので、自転車が直ったときのエントリーにはちょっと触れるだけにしておいた。
AKiさんはライトを3つとも付けろとおっしゃるが、いいトシのオヤジとしては、さすがにトラック野郎のようでどうも気が進まない。ご本人だって自分のこととなればそうにきまってる。この写真は広角で撮ったせいもあってずいぶん大きく見えるが、実際にはそれほどではない。

TechLight2S.jpgClick to PopuP
 これまで、自転車のライトには単三2本をつかうLEDのミニマグライトを使っていた。それもコストコでAKiさんに買っていただいたもので、単1電池4本をつかうLEDの大型マグライトとの2本セットだった。夜道を走っていると、100m以上も離れた交通標識が光を反射するのを見ては到達能力に満足するのだ。それが、いちど自転車から外れて落ちてしまった。しばらくして点灯しなくなった。
 代理店に電話をかけて修理についてたずねると、諏訪の工場に送って見積もりをとってくれという。往きの送料はぼくの負担だが送り返すときはむこうの負担だという。
ビニールの梱包材でくるんだのを段ボールのなかにいれて、メール便のサイズにギリギリで持って行ったが、ファミマのお兄さんが一生懸命押しつぶして寸法をクリアさせてくれたので、送料は70円だった。

 それからひと月近く経ってから電話があった。LEDが壊れているようだが、取り替えがきかない部分なので修理ができないんですと言う。お送りくださったライトはどうしますかときかれたが、部品取りには使えるかもしれないし送り返してもらうことにした。見たところとても健康そうに見えるのだが使えない。だからといって同じヤツをすぐにまた買うのはどうも気が進まなくて、その前につかっていたCATEYEの自転車用LEDライトを、気に入っているわけではないがとりあえず使っていた。

 いまはもう点灯しないminiMAGLITEとふたつ並べて比較すれば、ぼくはminiMAGLITEのデザインのほうがが好きだ。これ見よがしのところがなくてほれぼれする。とはいえ、こいつのデザインも機能も悪いわけじゃない。ミニマグライトは首を回転させてスイッチにするのでちょっと億劫だがTechLiteは、後についている半透明のスイッチを押すだけだ。miniMAGLITEは、ポケットに入れておいて間違ってスイッチをおしてしまうことがないという点ではとてもいいのだが、自転車に付けておくにはTechLiteのスイッチが楽だ。スイッチを変えるたびに強・弱と点滅という3種の点灯モードを切り替える。自転車では寿命の長い点滅モードをつかうことが多いから、押すだけですむスイッチがありがたいのだ。
miniMAGLITEにはもうひとつ、SOSモードの点滅がついているのが楽しいのだが。

■関連サイト
MAG-LITEの公式ウェブサイト


 

投稿者 玉井一匡 : 11:04 AM | コメント (2)

February 16, 2011

タカムラ製作所 モールトンの再生

RavaneloShopFrescoS.jpgClick to PopuP(写真のできが悪いのでPhotoshopで加工しました)

 モールトンAPBをタカムラ製作所に持ち込んだら、ちぎれたパイプの溶接をこころよく引き受けてくれた。それだけでも、ほんとうにありがたいと思っていたのに、翌日の夕方にはもう携帯に連絡が来た。
「自転車の修理ができました。日曜日は店は休みですが、高村はいますからお急ぎでしたら取りにいらしてください」そのときぼくは、母の入院であいにく新潟に行っていたから、日曜には取りには行けませんが、できるだけ早く取りに行きますと答えた。

 月曜日に東京に戻ったので翌日の朝に引き取りに行くつもりだったが、思いがけない雪で延期することにしたら午後には日が射してきた。masaさんに電話をかけて誘うと、ちかごろ自転車に目のないこの人はすぐに話に乗ったので、桜台で待ち合わせる。
 駅からおよそ10分、痛々しくさびれてゆく商店街から枝道に入ると住宅地に変わる。前夜の雪が道路の脇に寄せられたのを集めて、こどもたちが雪合戦をしていた。ぼくたちを見ると、ひとりが声をかけて休戦してくれた。その先の角からラバネロの店の前で数人が談笑しているのが見えた。住宅街の真ん中にポツリと店があって、売る店ではなくつくる店、自転車好きのあつまってくる場所、STOREでなくSHOPなのだ。

RavanelloMoultonS.jpgClick to PopuP(今回と5年ほど前、二カ所溶接したところがあります)
 小さな女の子が、長毛のミニチュアダックスを抱いて店の前に腰を下ろしている。そのお姉さんとお母さん、そして高村さんが道ばたで話しているのだった。電話をかけておいたので、わがヤレた黒いモールトンが道路際のショウウィンドーの前に立てかけてあった。溶接したところは、肉が金色だ。キャリアの取り付け用パイプが前のやつも同じ色だったのを塗装せずにそのままにしてあるし、できれば今度のところも塗装しないでおこうと思った。

 「自転車を取りに来たのに、ママチャリに子供をのせてきちゃった。」と、子連れのお母さんは嘆いている。前後に子供用シートをつけた自転車に2人を乗せて、道路際に雪の残る道をやってきてしまったのだ。注文した自転車の調整を待っているところなんだという。あたらしい自転車を早く見たい一心で、帰りには自転車が2台になることをすっかり忘れてしまったらしい。

 おかあさんは自転車のそばに行きたくてウズウズしているのに、こどもたちはミニチュアダックスとたわむれて道路で遊んでいるから気が気ではない。ダックスは、毎晩高村さんといっしょに眠るという大事なヤツだし、滅多に来ないとはいえクルマが心配なのだ、おかあさんは。
「うちに子供と自転車をおいてから、また来ようかなあ」と迷い続けている。
「ちなみに、自転車はいくらでできました?」
「27万くらいだったけど、ブレーキを換えたから30万くらいになって、亭主のより高くなったからブーイングなんです」
「でも、自転車は長い間乗れるんだし、車検も保険もガソリンもかからないんだから、長い目で見れば自転車は安いですよ」
「そうですよね。ありがとうございます」
ご亭主は、口では文句を言いながら同じ趣味をもってくれる彼女を内心でよろこんでいるにちがいない。自分がもう一台つくるときの貸しもできたんだ。

 子供用にサドルを低く改造したフレームにRAVANELLOと書かれているかっこいい異形の自転車があった。それを見ながら高村さんに彼女がたずねる。
「こどもたちには、どんな自転車がいいですか?」
「子供には、ああいう普通の自転車がいいですよ。はじめから軽い自転車に乗ると、力がつかないから」と、彼女のママチャリを指さした。
異形の自転車は、子供用に改造した苦心のものであると、masaさんの質問に高村さんが答えた。とはいえ、ペダルを手で回すと、手応えは、なんという快感だろう。ぼくの自転車の手入れが不十分であることをぼくはひそかに恥じた。

 自宅から事務所へは、いつもは高台の足下の道を走るのだが、この日の帰り、ぼくはよろこひをキャリアに乗せて、というよりもうれしさにペダルを押してもらいながらかもしれない、千川通・旧目白通りという高台の尾根道を走り、江戸川橋で低地におりて事務所まで走った。
 帰り道を気持ちよく走ったのは、久しぶりだったことも、無事に自転車が治ったことも理由ではあるけれど、じつは変速機もブレーキもきもちよく調整されていたからでもあった。
前輪に空気が入っていなかったので試乗しないまま、出がけに空気を入れたから高村さんのところではこのことに気づかなかったが、高村さんは黙って調整してくださったのだ。
近いうちに、あらためて感謝のきもちを伝えに行きたいと思う。


■関連エントリー
masaさんは、一日早くこの日のことをエントリーした。もっと興味深い被写体とできごとがあったのだが、とりあえず僕の記念のための写真が選ばれていた。
*玉井さんとモールトン@ラバネロ/kai-wai散策
*ファースト キッシュ と 壊れたモールトンの救いの神/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 01:26 AM | コメント (4)

February 12, 2011

ファースト キッシュ と 壊れたモールトンの救いの神

QuicheS.jpgClick to PopuP

 きのう、初めてキッシュをつくった。
 ネット上にはたくさんのレシピがあるから、4つほどに目を通すと、それぞれに量や材料に違いがあるので、かえってつくりかたの幹と枝葉がわかる。ホウレンソウとチーズは冷蔵庫にあるが卵とベーコンさえ切らしている。生クリームもない。冷凍のパイシートはもちろんない。
 スーパーでシメジが安いのをみつけた。上にはアスパラガスとトマトを飾りたくなった。日本の農業のために野菜は国産を原則にしているけれど、ニュージーランド産カボチャがすこぶる安いのに抗いがたく、ポタージュをつくることにする。売れ残りのワゴンに乗っていたパプリカをサラダ用に。
 ポタージュをつくり、キッシュの中身を用意し、サラダもできたところでパイシートを伸ばしはじめたが、パイ型が大きすぎてパイシートに合わない。やむなく四角形の耐熱ガラスの皿を使うことにした。パイが湿っぽくなったことと丸い形でつくれなたったのは残念だが、味は家族の評判もすこぶるよかった。
 とはいえ、そもそもキッシュをつくろうという気分になったのは、壊れたモールトンに救いの神が現れてうれしくなったからで、ほんとうなら自転車に因んで円型にしたかった。

 以前、リアフォークのチューブが切れたときに代替部品を取り寄せてもらった和田サイクルに電話で相談したら、モールトンは大分まえモデルチェンジしたから今はもうAPBの部品はないかもしれない。それを調べたいから自転車をもってきてほしいというので現物をあずけておいた。
やはり取り替え用のリアフォークは輸入総代理店のダイナベクターにもないと電話があった。

 残念ながら、あずけてある自転車を引き取りに、西荻の和田サイクルに行った。
「溶接するしかないなあ」という和田さんに
「溶接できそうなんですか?」とたずねる
「職人さんの腕によりますけどね。・・・ラバネロか***かなあ?」と、和田さんは店の若い人に同意を求めた。(***は僕が忘れた。)
「前に、キャリアをつけるところがちぎれたのを直してもらったことがあるんで、まずは、そこに行ってみます」と僕は言った。塚原の自宅のそばの店だが、ぼくはもう場所を忘れたので同行してもらっていた。

QuicheRavanello.jpg 桜台の住宅街の真ん中にある自転車屋さんの看板を見ておどろいた。
 なんと「RAVANELLO」と書いてあるではないか。
 車から降ろした自転車を見てもらうと
「直りますよ、中に細いパイプを入れて溶接すれば、前よりむしろ強くなりますよ」平然と請け合ってくれた。
「このフレームは、博士のこだわりなんですね。ぼくなら、ここにこう補強をいれるな」という。捨てる神あれば拾う神だ。もしできないと言われたら、ものは試しだから自分でやってみようと思っていた。中にパイプを入れて接着した外側からFRPで包帯のように巻いてやるつもりだった。アフリカでつくられた竹の自転車を無印良品の展示で見たことがあった。それは、接合部をFRPで巻いてあった。

 あとになってネットで調べると、ここは「タカムラ製作所」というレース用自転車のフレームビルダーで、「ラバネロ」というのはここでつくられるフレームのブランド名であることを知った。いうまでもなく店のあるじは高村さんだ。彼自身が実績のあるトラックレーサーだったが、ロードレースのクラブチーム「スミタラバネロパールイズミ」も運営している。「スミタ」と「パールイズミ」は、スポンサーの名称だ。ラバネロとはイタリア語で二十日大根のことで、練馬大根に因んでつけられたそうだ。サラダにラディッシュを使えばよかった。

 あずけた翌日、携帯に連絡があった。
「自転車の修理ができました。日曜日は店は休みですが、高村はいますからお急ぎでしたら取りにいらしてください」
「もうできたんですか!すごくうれしい。どうもありがとうございました。ぼくはいま新潟にいるので日曜日には行けませんが、できるだけはやく行きます」と答えた。こんなに早く直してくれたのだから、すぐにも取りに行きたいのだが。
高村さん、ほんとうにありがとうございます。

■追記
How to Strengthen Rear Forks:モールトンのリアフォークに亀裂が入るのは、ぼくだけではなさそうで、こういうサイトがある。

投稿者 玉井一匡 : 11:48 PM | コメント (8)

December 20, 2010

自転車が壊れた・・・そしてまたもうひとつ故障

MoultonBreakS.jpgClick to PopuP

 もっとも愛用しているモノがふたつ、一週間ほどの間に相次いで壊れた。いずれも、すでにぼくの身体の一部と化して能力を拡げてくれている自転車とMacだ。つまり、こいつらがいないと能力が低下するというわけだ。
 まずは先々週の木曜日、帰りがけのペダルが重い。自転車を停めてホイールととブレーキの接点を見たが、もちあげてペダルを回せばホイールはスムーズに動く。だが走り始めるとまだ重い。また点検する。それを2回繰り返したあとに、とうとう、とても走れないくらいになった。やれやれと思ってまた見てみると、後ろフレームの下側のパイプが切れていた。上の半分はスッパリときれいな切り口だが下半分はジグザグになっている。はじめは上半分が切れて、乗っているうちに下の半分に亀裂が拡がっていったのだろう。
こんなことは滅多にないだろうに、ぼくにはこれが二度目で、同じところが切れた。前回は10年前だ。そのときの顛末を「ぼくのアレックス・モールトンが突然の重傷に見舞われた」というタイトルでウェブサイトに書いた。それをブログに移したつもりだったが、探してもみつからない。まだそのままになっていることに気づいた。

 高田の馬場からウチまで数キロを押してゆくつもりだったが、そのあたりに置いて電車で帰ってからクルマで拾いに来ればいいんだと、当たり前のことに気づいた。こうなっては盗まれる心配はないだろうけれど、念のために交番の前のガードレールにチェーンでつないで、下落合の駅から西武新宿線に乗った。

 前回は何が原因だったのかいまだに分からないが、今回はあれが原因だろうと電車のなかで思いあたることがあった。

 ぼくの自転車は、新宿区の設けた年間契約の駐輪場に置いている。
といっても、そこは駐輪場と言うより駐輪エリアといったところだ。外堀通りに平行して植え込みと人工的な水路のような浅い池があって、その植え込みに沿って歩道にペンキで線を描き区画をつくって駐輪場としているにすぎない。他には柵も機械的な設備もなしで抽象的な領域を示して駐輪場と表現のしているやりかたが、ぼくはなかなか気に入っている。球技のコートや、子供時代の「二重S字」という遊びのように線を描いて領域をつくるだけで夢中になる遊びを思い出すのだ。しかも年間5000円という安さがとてもありがたいが、それも余計な設備をしていないお蔭なのだろう。

 ところが、自転車がこわれる一週間ほど前の夜おそく、そこに行くとあるべき自転車がない。とうとう盗まれたかと思ったがまだあきらめるわけにはゆかない。まわりに目をやると、駐輪場のとなりの池の真ん中に2台の自転車が転がっている。しかし、ぼくのではないことは一目でわかる。ぼくのもそのなかだろうかと思って池の他のところを見回ったがみつからない。しかし、もうひとつ可能性がある。駐輪場の奥にアルミのフェンスで囲われているところを、念のためにのぞき込んだ。

 そこによこたわっていた。誰かがほうり込んだのだろう。なにしろ盗まれたと思ったものがあったのだから、まずは安堵した。けれど、ほうりこんだやつを思い浮かべて腹立たしさがやってきた。何の証拠になるかかわからないが、とりあえず記録を残そうと、滅多に使わないストロボをつけて写真を撮っていると4人組の警官の一行がとおりがかって疑わしそうに懐中電灯を向けた。腹立たしさのはけ口に、ぼくは彼らに八つ当たりをしてしまい、しばらくあれこれやりあった。あっちには、池の中にほうり込まれていると言うと、ひとりがそれを見に行って戻ってきた。ぼくが自転車のロックを外すのを確認して彼らは立ち去った。が、池の中の自転車はそのまま。ぼくが池の中から出してやるつもりだったが、またあらぬ疑いをかけられたら面倒だから、ぼくもそのままにして帰った。
 そんな余計なことをしていたから、自転車の点検を十分にしないまま、外れたチェーンを直しただけですぐにうちに帰った。その後1週間ほど乗り続けたのだが、おそらく、そのときについた傷が、徐々に拡がっていったのだろう。
 
Moulton-iMacS.jpgClick to PopuP
 そして今度はiMacだ。
つかっている途中に突然、細かいモザイクがかかったように画面がグチャグチャになってしまった。デスクトップには那覇の屋根に見つけた剽軽なシーサーの、こんな写真をつかっているのだが、何が何だか分からない。再起動を繰り返してもインストーラーのディスクで起動させても事態は変わらない。モザイクはかかっているがカーソルの動きやアイコンの反応があることは分かる。MacBookとつなげてみたらハードディスクの中身は異常がないし、とりあえずデータの移動はできるから、異常はディスプレイにあるのだろう。MacBookまでの4代か5代のラップトップはいずれも故障したが、デスクトップのMacは、これが初めてだ。

 Macはすでに5年、自転車は15年以上、毎日のようにつかい続けている。いつかは壊れるのは機械の宿命。モトはとっている。そうは分かっているのだが、悩みがまた増えた。
 そういえば、自分自身の生命システムだって、まったく停止せずたいした故障もなく動き続けて、これまで何十年も酷使している。いつ動かなくなっても、はたからみれば不思議はない。ちょっと早かったねと言われるくらいのものだろう。身体も、すこし大事にしてやろうかなどとと思う。

投稿者 玉井一匡 : 12:18 AM | コメント (4)

September 29, 2010

セグウェイは生きている

SegwayCrossing.jpgClick to GoogleMap Chicago
  一昨日、Segwayの会社のオーナーがSegwayを運転していて崖から落ちて亡くなったというニュースを聞いて、発明者なのかと思っておどろいたが、よく読むと会社を金で買収した人物だというので、申し訳ないが正直なところちょっと安心した。ブッシュがSegwayで転んだなんていうのは、いい笑い話だが、オーナーが亡くなったとなればそうはいかない。Segwayのホームページを開くと、お悔やみに対するお礼の言葉が現れる。

 ちょうど先日、サラ・パレツキーの小説を読みながらGoogleマップを開いてストリートビューを見ていると、Segwayにのって信号待ちをしている数人の若者たちに出くわした。これが現実界であれば「おもしろい?」と訊ねるところだがそうはいかないので、「CHICAGO,Segway」と打ち込んでGoogleを検索してみた。
すると、City Segway Touursというのがある。アトランタ、ベルリン、ブダペスト、シカゴ、ミュンヘン、パリ、サンフランシスコ、ウィーン、ワシントンDCの各都市を、Segwayで巡るツアーらしい。で、いくらなんだろうか気になったので、もちろん Chicagoを開いてみた。シカゴは、世界ではじめてSegwayによるツアーを始めたところで、このツアーには2時間と3時間のものがあって、それぞれ費用は60ドルと70ドルだという。安いとは言えないがSegwayの講習とまち歩きの入門教育をしてくれるんだと思えば、もしぼくがシカゴに行くことがあればやってみるだろう。

 ツアーは、はじめて訪れた人たちがざっと都市を把握するもののようだが、そういう目的なら自転車で回っても不便はないどころかむしろ便利だろうだから、やはりこれはSegwayの試乗と販促の意味合いが大きいのだろう。
文末には「大切なおねがい」としてこう書かれている。「ツアーのはじめに30分間のオリエンテーションを行い、全員がSegwayに慣れてシカゴを征服できるようになるまで練習していただきます。Segwayは、年齢12才以上体重100ポンド以上の方ならどなたでもお乗りになれます。ただし、酩酊状態の方、妊娠中のご婦人の参加は、残念ながらお断りしますのでご了承ください。」
つまり、30分の練習で自在に乗れるようになるということだ。

ところで、もし、日本でセグウェイを買ったらいくらするんだろうかと気になってセグウェイジャパンのサイトを開いてみたが、基本モデルで935,000円もするんだ。こりゃあ買わないだろうな。

投稿者 玉井一匡 : 11:17 PM | コメント (0)

September 17, 2010

二代目のウエストポーチで思い出す三つの「ウエスト」

WaistPouch1S.jpgClick to PopuP

ちかごろ、ウエストポーチがひどく傷んできてみすぼらしいと言われるようになった。夕方、買い物に出たついでに、前に買った「Coco Carco」に様子を見に行ったら、同じものがひとつ置いてある。ちょっと寸法が大きくなっているので、やや不満に思いながら店の奥さんとおぼしき女のひとにたずねた。
「かたちを変えたんですね」
「いいえ、長い間おなじものです」
そうかなあと半信半疑のぼくは外してみせた。
「かたちが馴染んだんですよ」というから中身を取り出してふくらみをたたいてかたちを整えてみると、うーむ、たしかに同じ寸法ではないか。そうなのか。有り体に言えばかたちが崩れたのだ。並べてみるとずいぶんくたびれている。
「iPhoneが発売される前の年のはじめに買ったから3年弱だなあ、その間に2回修理している」というと、「いえ、もっと経っているはずです」といわれるとそんな気がするがiPhoneの発売を物差しにすると3年のはずだ。
帰ってから前回のエントリー「ウエストポーチ」を開いて日付を確認すると2007年1月。iPhoneは予告してから1年半で発売したことになり、こいつは4年近くつかったわけだ。

 ところで、少年の頃ぼくたちがよく耳にした「ウエスト」というカタカナ語には三種類あるようだった。西部劇や「日劇ウエスタンカーニバル」なんていうときに「ウエスタン」として使われた「ウエスト」、野球でピッチャーがわざと高めにはずす「ウエストボール」、そしてバスト、ウエスト、ヒップと三つ並べてつかわれることの多かった「ウエスト」だ。なんか違うようだとは思っていたが、それらが、westとwasteとwaistという別の英語であるんだということは、英語を習うようになってからやっとわかった。
 カタカナ語として耳にはいると、こんなふうに別の外国語が同じ表記をされてしまうことがあるが、逆に同じ外国語がカタカナ語ではまったくべつの表記をされてしまうこともある。なぜそんなことに気づいたがは記憶にないが、もしかしたらオードリー・ヘップバーンの「ヘップバーン」はヘボン式ローマ字の「ヘボン」と同じなんじゃないかと思って辞書を調べてみたことがある。両方とも「Hepburn」だった。

 ウエストポーチということばを使うたびに、この三つのウエストをぼくは思い出してしまう。「ウェイスト パウチ」というのが近いんだろうが、どのみちカタカナを使って外国語の発音を正確に表記するわけにはゆかないのだから別の言葉だと思ってつかえばいいと思うのだ。

■追記
wikipediaを見ると、おどろいたことにふたりのHepburnは同じ一族だと書いてあった。

 

投稿者 玉井一匡 : 11:03 PM | コメント (6)

March 26, 2010

ミニランドセル

MiniRandcellS.jpgClickToPopuP
 前回のエントリー「ものをつくる人がまちにいるということ」で、バックパックを神楽坂で直してもらったということを書いたのだが、AKIさんのコメントに「増田さんって何を作っているのですか」という疑問が書かれていた。その疑問は当然のことで、ぼくはそれについてちょっと出し惜しみをしていたのだった。そこまで書くと長くなりすぎるし、ストーリーが2つできてしまいそうだったからでもある。

 増田さんは、役目を終えたランドセルの皮をつかって、たてよこ10cmほどのミニランドセルをつくるのだ。そのとき、注文主はそのランドセルにまつわる思い出を書いた手紙を添える。その手紙を読み込んでから、ランドセルに書かれていた名前、思い出深い疵や汚れが残されるように注意深く皮を切り取る。
 それがどんなに特別の思いの込められたものであっても、使い古しのランドセルの中は空っぽになって、代わりに寂しさが残されているものだ。ところが、それがミニチュアのランドセルに生まれ変わると、そこに愛情と記憶が詰められるようだ。おそらく、いいことであれつらいことであれ、過去と向き合うことで、それをこれから生きてゆくためのスプリングボードにすることができるのではないか。

MiniRandcellNHKS.jpgClickToPopuP
 修理の終わったぼくのバックッパックを渡しながら「NHKで前に放送したのを、こんどの土曜のNHKアーカイブというので再放送するので、よかったら見てください。私もすこし出たんです。番組表のコピーがそこにあります。」と増田さんは言った。
 土曜日の朝10時をだいぶ回ってから、ぼくはそのことを思い出して、いそいでテレビをつけた。まちを紹介する番組の一部にでも出てくるのだと思っていたから、間に合わないだろうと思いながら見はじめたが、その後40分以上も番組はつづいた。じつはその番組の1時間半ほどのすべてが、増田さんのつくったミニランドセルをめぐるさまざまな家族の愛情や悲しみやよろこびの物語をつたえるドキュメンタリーなのだった。もとの番組がつくられた1999年当時すでに8,000、現在では13,000ものミニランドセルをつくったという。NHKのアーカイブにある数多くのドキュメンタリーから選ばれただけに、とてもいい番組だった。

 この物語に僕たちはとても心動かされたのだが、それだけではない。彼のあり方が、ちょっと大袈裟に言えば、これからのぼくたちの世界が目指すものの、とてもすてきなモデルのひとつではないかと思うのだ。・・・可燃ゴミとなるしかない古ランドセルが、あたらしい価値と意味を与えられる。それが家族をむすぶ。・・・消費される資源と廃棄物が限界に達している世界、ひとりひとりが自立するのでもなく孤立していることの多いこのくにで、彼のしごとは人と人を結ぶことができる。そして、ひとつの経済活動でもある。
 バックパックを直してもらったぼくも、劇的でこそないがとてもきもちよく、毎日を移動している。気やすく修理を引き受けるのも、それがぼくたちによろこびを知っているからなのだろう。いまも彼の店「夢小路」の入り口には「古いランドセルがあったらください。(研究の材料にします)」と書かれている。

■追記
MiniRandcell2S.jpgClickToPopuP
 aiさんが、さっそくコメントを書いてくださった。そこに「5色のランドセルを作ったご家族で、20年余り前からのお客様」が、番組のことを教えてくださったと書かれている。番組に登場した増田さんの後日談によれば、このご家族に夫妻で盛岡に招待されたそうだ。
その5人のこどもたちの小さな写真がNHKアーカイブのサイトに掲載されていた。

投稿者 玉井一匡 : 12:56 PM | コメント (2)

March 22, 2010

ものをつくる人がまちにいるということ

BagAceMineS.jpgClick to PopuP 
 二年ほど使ってきたバックパックが壊れた。
時と場合によっては肩掛けをポケットにしまい込めば縦型の手提にできる「2wayバッグ」だが、その取手の一端がとれてしまったのだ。「エース」のACEGENEというシリーズのものだが、 取れてしまった個所を見ると、お世辞にも縫製が丁寧とはいいがたい。もっとも力のかかるはずの取手の縫製が すこぶる簡単にすませてある。平凡なデザインだが布地もしっかりしているし丈夫そうなのを見込んで買ったが、たまにしか使わない手提げが取れてしまった。
 それを買った東急ハンズへ修理に持っていくと、メーカーに見積もらせて連絡すると言う。それから、ひと月ほどでやっと電話が来た。まわりをはがしてやり直すので八千数百円かかるという。普通に使っていたのに取っ手がとれてしまったということを恥じるところがない。現在のモデルは取っ手の構造が変えられてだいぶしっかりしているらしい。同じように壊れたことがあったのだろう。
 20,000円ほどで買ったものだから5000円くらいまでなら修理を頼もうと思っていたが、もう少し足せば、ものによっては新しいやつが買えそうなくらいなので、修理は頼まないと答えた。バッグが戻ってきたとハンズが電話をくれたのは、それからさらに一ヶ月後だった。戻ったら自分で手縫いしてみるか、新しいバッグを買おうと思って後継も決めていたが、神楽坂にバッグの修理をしてくれるところがあるときいて行ってみた。

BagRepairS.jpgClick to PopuP
 外から見ると、いささか雑然とした間口1.5mほどのちいさな店だった。中に入ると奥では階段の下のスペースが使えるのですこし横にひろがっていて、ぼくと同年配くらいの人がそこでひとり作業をしていた。
「ここがミシンに入れられれば修理できます。夕方までにやっておくから、取りにいらしてください」と言われたが、その日はおそくなったので翌朝にした。

 無精ヒゲを一面に生やした人なつこい笑顔が「できましたよ」と渡しながら「600円です」という。直っただけでもうれしいのにその料金じゃあ申しわけないから、お釣りはいいですよと言って1000円札を渡したが、「そういうことにしていますからこれでいいんです。また何かあったら来てください」と言ってお釣りの400円を渡してくれた。
不思議なものだが、簡単にこわれたことを「エース」が恥じることのない時には、バッグへの愛情まですっかり薄れたのに、直って戻ってきたら同じバッグが以前にも増していとおしく感じられるようになった。

 こんなふうに気持ちが変わるのは、思いがけないことだった。なぜなんだろうかと考えてみると、なにも安い料金で修理をしてもらえたからだけではない。
モノをつくり直してくれる店が、歩いて5分ほどのところにあるというのは偶然にすぎないにしても、生活圏の中にものを直してくれるひとがいて、直接に話をして手渡してくれるということが、とても気持ちいいのだ。そういうまちに生活することを気持ちよく、また元気になったバッグを使っていることがうれしいのだ。修理してくれたひとにとっても、客にうれしさをじかに手渡すことができるのが気持ちいいのだろう。
 「エース」では、中国の工場の労働者にやらせるのだろうが、修理を中国に送るわけにはゆかないから国内の下請けにまわすと、いくつもの手を経て実際に修理する人に辿り着いたときには、大袈裟な修理のスペックと手数料と輸送料が幾重にも重なっているにちがいない。

 かつて、どこのまちにも、ものをつくる店や町工場が身近にあったが、いまのまちの多くは、ものを作る人は少ない。経済上で合理的とされる生産と販売のシステムの結果だ。そのシステムを支えるのは国際間の賃金の格差、経済力の違いだ。製品を輸送するために石油を消費し海と大気を汚す。安く買って、それが壊れたら捨ててしまうと廃棄物がまた汚染をうむ。そういうシステムは、どこかおかしいと、おそらく誰もが直感しながらそれに依存しているんじゃないだろうか。

 バッグをなおしてくれた人は増田さんという。増田さんが、こんなふうに気持よく修理できるのは、彼がすてきなモノをつくっている人であるからなのだということを、ぼくは数日後になって知った。

■関連エントリー
ミニランドセル/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 10:05 PM | コメント (10)

September 12, 2009

カスク

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 もうだいぶ前のことだが、父の日に枕をくれるという。しかし、ぼくはすこぶる寝つきがよくて寝相がよくないから、せっかくだけれど枕というものがあまり役に立たないのだ。はじめの数分だけ頭を乗せているけれど、気がついたときには、とっくにどこにあるか分からなくなる。だからぼくは頭のためのものなら自転車用のヘルメットの方がいいと希望した。東急ハンズでみつけてたのがあるので、それをもらうことにした。フランスの三色などの鮮やかな色が多いが、ぼくは目立たない方がいいと思っていたので黒を注文した。

 いつ頃からあんなふうになったのか知らないけれど、いま使われている自転車用のヘルメットというのが、ぼくはどうにも気恥ずかしくてかぶる気がしない。だが、あれはおかしくないかという話をきいたことがないのはどういう訳だろう。あんなに後ろの方に頭を伸ばして、まるでエイリアンのようじゃないか。
頭のうしろに空気の渦ができないから空力抵抗が少ないんだという理屈だろうとは想像がつく。レースではエイリアン型(ぼくのつけた個人的な名称です)のヘルメットでないと認められないのだというが、いい歳のオヤジが日々の通勤につけるにはあまりに大袈裟で無粋だ。ぼくは60km/hで隣の自転車とコースの取り合いをするわけじゃない。

 ハンズで見つけたやつは商品名のように「カスク」と呼ばれていた。「カスク」というのは、フランス語で「ヘルメット」のことだよと村松潔さんに言われたとAKiさんにきいたことがある。スペルは「casque」で、自転車のヘルメットはcasque de veloというそうだ。veloは、自転車のことだ。
 「カスク」には、いくつもの長所と、ぼくにいわせればとるにたらない欠点がある。
長所は、①かさばらない ②しかも、こんな風に折りたたむことができる ③柔らかいので頭の形に馴染む ④だから帽子をかぶって、そのうえに「カスク」をつけることができる ⑤皮でできているから質感がいい・・・頭蓋骨をまもるには、エイリアン型におよばないのが欠点だけれど、エイリアン型だったらぼくはヘルメットを使わない。だから、多少はカスクのほうが着用したときの保護性能が劣るとしても、結果としては保護性能も優れていることになる。

 自転車ヘルメットの変遷については、wikipediaの「自転車用ヘルメット」という項目に懇切丁寧に書かれている。ここには、ヘルメット義務化と安全性についての項目もあって興味深い。歩行者の死亡事故のほうが、走行距離あたりにするとやや多いくらいだから、歩行者にヘルメットを義務化しないなら自転車だって義務化することはないという意見があることを紹介している。
 ところでボクシングの練習用のヘルメットのことを「ヘッドギア」というが、あれは正しい英語なんだろうかと気になった。wikipediaによれば、帽子からヘルメット、カツラや王冠にいたるまで、頭に載せるものはみんなHeadgearに含まれるようだ。これを日本語化したら「頭具」とでもいうのかな。

「casque de velo」/wikipedia(フランス語)
「Bicycle_helmet」/wikipedia(英語)
「カスク」取扱サイト

投稿者 玉井一匡 : 11:34 PM | コメント (10)

April 13, 2009

非電化工房探訪記


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4月8日、JEDI一同6人で那須に行った。目的は「非電化工房」で毎月2回開かれる見学会である。
製品の実物を手に主宰者の藤村靖之氏による非電化についての講義をうけた。工房賭して使われている建物は、かつてバブル時代に、人工池のほとりの傾斜地に貸しスタジオなどが建てられたがその後荒廃していたのを購入し改造したものだという。

 藤村さんの著書のタイトルが「愉しい非電化」であるとおり、我慢をして電気を使わないのではなく、むしろ非電化をたのしもうというのが基本的な姿勢だ。電化生活と同じくらい便利で快適というわけにはゆかないことは承知のうえで、非電化製品には別のたのしさがあるし、環境を傷つけることも少ないから、ぼくたちはむしろきもちよく生きられる。

たとえば、いま開発中の手回しの籾すり機を消費者が使う。消費者は農家から籾のままの米をじかに買う。生産者は農協の買い上げ価格よりも高く売れるし、消費者は米屋で買うよりも安く米を買うことができる。籾のままの米は低温貯蔵しなくても保存できるので原発3基分の電気消費が抑えられる計算だ。

同じように、自分でコーヒー焙煎器をつかって焙れば、ぼくたち消費者は薫り高いコーヒーを飲めるし、ブラジルの農家は苦労をかさねてつくる無農薬コーヒーを生豆のまま消費者に高く買ってもらえる。
モンゴルで板とペットボトルと鉄板でつくったものと同じ非電化冷蔵庫があった。電気のない草原の中で遊牧民が一頭の羊を一週間保存できる。空気がきれいなぶん夜間輻射による熱の放出が大きいので、日本でステンレス製の非電化冷蔵庫以上の性能を得られるのだという。
部屋に入ったとき何本も箒がかかっているのが気になっていた。非電化掃除機もつくったが、箒のほうがいいんだという。カーペットだけは掃除機でないとゴミを取れないが、ゴミもろとも空気を吸い込むというのはすこぶる効率が悪い、名人の箒は8000円するけれど8年も使えるんだと言われたが、うちでは箒も使っているが気合いをいれて掃除をするときには掃除機をつかうのだ。ちょっと考え直そう。HidenkaFujiS.jpg浄水器を手に説明する藤村靖之氏 Click to PopuP

 藤村さんは、思想をもってモノをつくり出す発明家であるが、それにもましてモノを発明しつくることを通じて思想を語る思想家なのだ。
現在の人間社会がかかえる根本的な矛盾は、生産と消費をつねに拡大させなければならないということにあると思う。この経済危機の原因は、どうしてもそこにたどりつく。地球のもっている資源も廃棄物を土に返す能力にも限界があって、今すでにそれを越えていることをぼくたちは知っている。しかもそういう恩恵を受けるのはわずかな「先進国」の住人でしかなく、残りの国には飢餓にさえおびやかされている。
そういう状態をなんとかしなければならないという思いが、電気を使わずにすむ道具を発明するという行動になったのだろうと、発明品の数々を見て彼の話を聞くと理解できる。
電気は、それでなければできない作業のためにつかうべきなのだ。

 火力や原子力の電気は、熱で蒸気をつくりそれを回転運動に変えてつくられる。そこで費やされるエネルギーの数十パーセントが無駄に熱として捨てられる。さらに輸送の途中で送電線から熱として電気を失いながら、ときに数百㎞を経てやっとのことで都市に辿りつく。そんなふうにしてやってきた電気を、また熱にもどして使おうというのが「オール電化」だ。ばかばかしいではないか。しかも、電力会社は「クリーンエネルギー」として原発を増やそうとしている。だから、まずは、電気の消費を減らそうというのが、藤村さんの考え方だ。
①電気を使わず、すこし手間はかかるがたのしく作業ができる。②消費者も生産者(とりわけ農業)も経済的なメリットを得られるようにして金持ちの道楽に終わらせない。③道具はこわれても自分で直せるようにつくる。そうやって長期間使ったあとに、回復ができないほど壊れたなら、そのときにはできるだけ早く土に還るようにする。

 もともと太陽から地球に送られる熱は、大気のない宇宙空間をよこぎって送られた輻射熱だ。あらゆる地球上の活動のエネルギーは、もとをたどれば太陽から送られてくる熱に依存している。地上で受ける太陽の熱の60%もが夜間放射されると藤村さんは説明された。それをつかって非電化冷蔵庫は庫内を冷やすのだ。輻射で放出される熱は宇宙の彼方に送られるが、コンプレッサーから捨てられる熱は空気としてあたりを漂う。工房の暖房は薪ストーブでまかなわれていた。それも輻射熱で暖めるではないか。エネルギーは、形式を変換するたびにロスが生じるから、輻射熱という形式で利用するのは、そういう意味でも効率がいいのかもしれない。

必要のない電化製品をふるい落としていって、ぼくが最後に残すものは一番たいせつなものということになるが、それは何だろうかと考えてみる。
・・・・いろんなことができるというのを別にしても、やはりMacを一台ということになるだろうなあ、やはり。

■追記
モデムの不調やらなにやらあって、ぼくのエントリーはすっかり遅くなってしまったので、JEDIの御一同のエントリーの後塵を拝することになった。この他に、殻々工房と雲海閣でもさまざな発見があったがそれは後日。

■関連エントリー
那須 /春の遠足/aki's STOCKTAKING
那須二大工房巡り/MADCONNECTION
非電化と凧揚げ/kai-wai散策
非電化工房・那須アトリエ見学会/KARAKARA-FACTORY
春の遠足、那須の工房めぐり-1/Things that I used to do.
この他に、翻訳家の村松潔さんがいらした。そもそも昨年のこと、村松さんがコーヒー焙煎を秋山さんに実演して見せたことが、ことの始まりだったのだ。

投稿者 玉井一匡 : 04:35 PM | コメント (8)

September 11, 2008

アレックス・モールトン屋敷

MoultonEmblem.jpgClick to Jump to MoultonSite

 モールトンの自転車の正面についているエンブレムを見ると、「Alex Moulton」の文字の上に立派な館のレリーフがある。これは、自転車を設計したアレックス・モールトン博士のすまいであり、モールトン自転車の本拠地でもある。

 このごろは、とくに外国の小説を読むとき、物語の背景を理解するためにGoogleマップをひらき、舞台として登場する場所を見て想像力を広げるようになった。ディック・フランシスの競馬シリーズ推理小説の新作を読みはじめたがこの前に読んだときにはまだGoogleマップなんてものは世の中になかったんだなと感慨にひたりつつイングランドの郊外の、競馬の厩舎や馬場がたくさんあるまちニューマーケットを上空から眺めているうちに、アレックスモールトンの屋敷もこんなところにあるのだろうかと思って「Holt Road,Bradford on Avon」と打ち込んで検索した。
 Holt Roadはすぐに見つかったが道路沿いを探してもモールトン屋敷はなかなかみつからない。この道を中心にして捜索の範囲を拡げてあたりを巡っているうちに、航空写真を精一杯拡大してたどっていくと、やっと見つけた。

 三つの切妻が連続した屋根と二つの切妻の連続をつくってそれを直角に交差させるという形式の屋根、テラスのかたち、いずれもモールトンのエンブレムに使われているモールトン屋敷の絵とピッタリ符合する。屋根の影が地面に落ちているのを見れば、エンブレムと同じであることが分かる。工場としては、かつて馬小屋や納屋などに使われていた離れを使っているようだ。かつて、松任谷正隆が司会をするテレビの番組カーグラなんとかというやつでモールトンが紹介されたことがあった。工場では、アムステルダムのオリンピックで優勝したというジイさまが、一本ずつスポークを組み立てていた。

 間違いない。ここがアレックスモールトンの屋敷だ。会社の本社でもあるのだろう。聞きしにまさる、いい家だ。

AlexMoultonPrfile.tiff  アレックス・モールトンに、まだなじみのないかたのために付け加えておこう。モールトン卿は、自転車をつくる前に、あのminiのための独創的なサスペンションを設計して会社を起こし製造した人だ。といっても、曾祖父はグッドイヤーと提携し、家業はゴムにかかわるものの製造を受け継いでいる。モールトンと共同開発した自転車を製造しているのがブリジストンであるのも、ゴムと自転車をつくるという共通項でつながりがあったのかもしれない。(ブリジストン モールトン)

 miniというクルマをつくるにあたって、設計者アレック・イシゴニスはあの小さなボディの中に最大の居住空間と可能な限りの性能を盛り込むための、ありとあらゆる方法をつくした。
 大部分の部品はあたらしく開発するのではなく、既存のものを利用して、そのレイアウトによって最大の居住スペースを捻出したのだ。モーリスマイナーに使われていた既存のエンジンを横に向けておきボンネットを短くした。変速機は、そのエンジンの下に潜り込ませた。FFにしてフロアシャフトをなくし、運転席のドアをえぐって薄くするためにガラスは引き違いにした。座席の背を立てて客室の長さを食わないようにした。だからハンドルは大分上を向いていた。そして、タイアが室内に膨らまないように、あんな小さなタイアをつかった。それは、車体の重心を低くして安定をもたらす結果も生んだ。そういうあたまの使い方が、ぼくは大好きだ。
 小さなタイアは道路のデコボコからの振動を拾いやすい。それを吸収するために円錐形の小さなゴムの塊でつくられたモールトンのサスペンションは、miniの奇跡を実現するために大きな貢献をしたのだ。

 スエズ動乱で運河をつかえず石油はが急騰したときに、モールトンはガソリンのいらない乗り物として自転車をつくり、miniのトランクに入るように小さく分割できる自転車をつくった。楽にタイヤを回せるように小さいタイアをつけた。が、小さな車輪が道路のデコボコを拾いやすいのはクルマとおなじことだ。
 だから、モールトンは自転車にゴムのサスペンションをつけた。

 モールトンの家が聞きしにまさる、いい家だと書いたが、それは、この敷地内の庭や建物がいいということにとどまらない。この屋敷を含めた周りの環境、それをつくりだすシステムがすてきだということなのだということが、Googleマップでこのあたりを散策してみるとわかってくる。

■参照
アレックス・モールトン/Wikipedia
Alex Moulton/英語版 Wikipedia

■関連エントリー
Alex Moulton AM-5/aki's STOCKTAKING
自転車通勤/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 11:19 PM | コメント (5)

April 18, 2008

伊東屋のアイコン:クリップと月球儀

GemClipS.jpgClick to PopuP

 鉛筆、消しゴム、パステル、定規、ハサミ・・・たくさんの種類の文具がMacの中に置き換えられるようになって二十有余年。そうしてMacを愛しているにもかかわらず、ぼくたちは自分の手で書いたり切ったりする道具のことを大好きだと、いまも想いつづけている。そういう時代にあって文具をあつかう店の「看板」として何を選ぶかというのは、当事者にとってはなかなか大変な、はたからすればとても興味深いことだ。伊東屋は、それにジェムクリップを選んだらしいと、つい最近になって気づいた。

 先日、銀座の伊東屋に行ったとき、スワンタッチといっしょに、もうひとつ買ったのが赤い大きなジェムクリップだった。ひとつ350円は、クリップとしてはとても高いかもしれない。しかし、ぼくはネクタイピンとして使おうと思ったから、そう考えればとても安いということになる。かつて、クロムメッキのジェムクリップの大きいやつをタイピンにしていたことがあるのだけれど、ほどよい大きさのやつがない。これでも少し小さいしバネが強すぎるけれど、伊東屋のアイコンでもあるから、間に合わせでやっているとは思わせないところがある。

MoonGlobeS.jpgClick to PopuP
 うちの事務所には小物の文具をいれておく3段の小さな引き出しがある。ぼくはそれを「書く」「切る」「つなぐ」の3種類に分類した。ほんとうはもうひとつ「測る」の引き出しがほしいのだが、測った結果はぼくのメモリーのどこかに書き込むわけだから、それは「書く」に入れることにする。そうすれば、おおかたの文具はこの3つの分類のどれかにおさまるのだ。ふつうのジェムクリップは、「つなぐ」のひきだしに入れてある。
文具屋のアイコンを決めるにあたって、伊東屋は「つなぐ」ということを大切にしたいと考えたのだろう。それは、とてもすてきなことだと思う。しかし、ぼくの個人的な思い出としては月球儀が伊東屋のアイコンで、ぼくを伊東屋につないでくれるのだ。

 ぼくたちの学生だった時代、宇宙船によって月の裏側が見えるようになったので月は大きな関心の対象だった。だからだろう、銀座伊東屋の地球儀を置いてあるコーナーに「月球儀」というのが置かれるようになった。それにはひとつ、地球儀とはちがうところがあった。固定する軸がなくプラスティック製の円筒の上にスイカのように載せられているだけだった。
もちろん、それを手に取って見たのだが、ぼくは手に汗をかく質なので、ツルリと手から離れて地球の引力に負けた。拾い上げると、当然のように大きくひびが入っている。たしか2万円以上だったから、持ち合わせなどあるはずもないけれど、レジの近くに年配の男の人がいたので、それを持っていって謝った。
 すると、「固定していないので気をつけてくださいということを表示していなかったのは私どもの手落ちです。けっこうです。」と言ってくれた。以来、ぼくは伊東屋に恩を感じ続けている。だから、ぼくにとって個人的な伊東屋のアイコンは、いつまでも月球儀なのだ。先日、その置き場を見てみると、あのときと同じコーナーに、やはりプラスティックの低い円筒の台に月球儀は載っていた。しかし、いまでも、落とさないようにという注意書きはない。

 ぼくは一年のうち350日前後をジーンズですごすのだが、それにワイシャツとネクタイといういでたちが好きなのだ。
しかし、扇情的な口紅のような赤い色のクリップは、どのネクタイに合うだろうと考えると、なかなかむずかしい。

投稿者 玉井一匡 : 11:12 AM | コメント (6)

April 11, 2008

スワンタッチ:次のページに移ってくれるしおり

SwanTouch0S.jpgClick to PopuP
先日、何回目かの入院をしたMacBookを引き取りにアップルストアに行ったとき、銀座の伊東屋に寄った。
aki's STOCKTAKINGにエントリーされていたSYROの秤を伊東屋であつかっているというのでそれを見ようと思ったのだが、展示はしていなかった。なかなか高いらしいからすぐに注文をするというわけでもないので、在庫をたずねるのは遠慮して、あちらこちらを見て回っているうちに、興味深いものがあった。
「はさみかえ不要のしおりスワンタッチ」というものだ。ぼくには、本を読む時にしおりが欠かせない。学生時代から新潮文庫には紐のしおりがついているので好きだったが、紐しおりのある本は近頃は少ない。だから、このごろは付箋紙の大きいやつをしおりとメモを兼用させて使うことが多い。
 このスワンタッチは、読み進んでもしおりを差し替えないでいいというのだ。しかも150円だ。じっさいにどういう具合なのか早く知りたくて、店を出ると歩道で包みを開きさっそく試してみた。

SwanTouch1S.jpgClick to PopuP
その名の通りスワンの形をした薄いポリプロピレンの板にすぎない。色は、赤、黄色、緑、水色などがあるが黒にした。裏側に両面テープ(はがせるタイプ)がつけてあるので、スワンの首と本の上端の間に1〜2mmの隙間をあけて終わりのページの左上の隅に貼りつける。そして、しおりとしてスワンの頭を件のページにはさむ、それだけ。・・・ページをめくると、頭も自動的に次のページに移動する。くちばしの曲線と首の長さ、板の弾性と厚さ、それらのバランスが絶妙なのだ。
かくもシンプルな仕掛けでありながら、すこぶる具合がよい。しおりを落とすこともない。すてきな発明だ。こういうのを頭のいい発明というのだとぼくは思う。そして感動する。
 当然ながら、どんな人が考えたのだろうと知りたくなる。Googleでさがすと、発明者である板橋区赤塚の高橋健司さん(高橋金型サービス)のインタビューがあった。いたばし らいふ.comというサイトの「板橋なひと」というインタビュー欄だ。プラスティック製品の金型の職人として45年、これをつくってからすでに15、6年も経つというのに、どうして、今まで知らなかったのだろう。
 プラスティックの板を型抜きしたものだとばかり思っていたが、じつは金型をつくり二個所から流し込んで1mmの厚さのスワンをつくるのだと目もくらむようなことを聞けば、ますます尊敬せずにはいられない。注入したのはどこなのだろうと気になってさがしてみると、なるほど2個所みつかった。端に表面のエンボスがなくて、やや光沢のあるところがある。首の折れ目にひとつ、尾にあたるところにひとつ。材料が回りやすいという点からも、ここにちがいない。
さらにもうひとつ、すてきなことがある。製造は、近所にある赤塚福祉園という福祉施設が担当しているのだという。
しいて難をいえば、パッケージがちょっと垢抜けないが、それも町工場でつくられたしるしだと思えば、むしろいとおしい。スワンタッチという商品名は、スワンとワンタッチをつなげたものなんだろう。
東急ハンズやLoftなどでも売っているそうです。

投稿者 玉井一匡 : 09:46 AM | コメント (10)

February 04, 2008

雪の日の青空

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 雪が降ったら写真をとってエントリーしようと待っていたのに初雪の日には写真のことをすっかり忘れてしまった。こんどは日曜日の朝、目を覚ますと一面の雪になっていたのでもう忘れない。クーの散歩の途中で公園のネットフェンスにクーのツナをひっかける。左手で折りたたみの青空を広げ、右手にデジカメを構えた。
12月、ぼくの誕生日にかりんがプレゼントしてくれた、MOMAのミュージアムショップの「Sky Umbrella, Collapsible 」だ。とうさんがさみしがっているだろうと、自分の子供でもないのにとうさんとよんでくれるだけでもうれしいのだが、青空をくれるとなれば、あたりまえだがもっとうれしい。「お」がついていないとうさんは、なかば固有名詞になるらしいが、逆にうちでは「おとうさん」が固有名詞と化していて、おとうさんとだけ言えば御所浦で半年間お世話になった下宿先の森枝電気のおとうさん、森枝三千尋さんのことだ。

 こんなふうにプレゼントをしたり、だれかを喜ばせたようとするときに、かりんは手作りのすてきなカードを書いてくれる。それをそばで見ているうちの娘によれば、いとも簡単に描いてしまうそうだが、音楽家のいえで育ち邦楽科で学んだかりんにとっては、そうやって絵を描くことがかえってとても楽しいことなのだという。
 ぼくは自転車通勤の途中に転んだことが5,6回ある。その大部分は雨や工事中に撒いた砂のせいでスリップしたからなので、雨が降るとぼくは自転車でなく電車に乗る。電車では本が読める。雨降りだからミステリーでも読もうというわけで、それもうれしいのだがもうひとつ、青空の傘のおかげで雨の日がもっとうれしくなった。

投稿者 玉井一匡 : 03:33 PM | コメント (6)

October 12, 2007

防水ケータイ:G'zOne W42CA

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道路を歩きながら電話をかけようとしてウェストポーチから携帯電話を取り出した。
とたんに手を滑らせて、携帯はアスファルトに落ちた。
 この道路は、なにさま狭くて、車がくると人は端によって立ちどまり車をやりすごす。こういうとき、電柱は歩行者をまもってくれる頼りになるやつだ。ぼくも、ここは時々クルマで通ることがあるけれど、すれ違うたびに歩行者に頭をさげる。電柱は、クルマを運転する側にとっても邪魔というよりは歩行者をまもってくれるのがありがたい。それくらいだからここに用事のあるクルマしか通らないので、ある意味ではクルマと歩行者がたがいの存在を意識しながら共存するいい道路なのかもしれないとぼくは思う。
 そんな道でアスファルトの上に転がったのがケータイの運のつき、ぼくは一方通行のクルマと同じ方向に歩いていたから、後ろからタクシーがやってきていたのに気づかない。拾い上げるいとまもあらばこそ、そしてタクシーもブレーキを踏むこともなく、右の前輪で狙ったように踏みつけた。
それでもタクシーは止まらない。
念入りに右の後輪も同じ轍を踏んだ。

 前輪で轢くときには死角に入っていたのだろう。でも、折りたたみ式のやつだから薄くはない。踏みつけたら気づかないことはなかろうに、客を乗せていたので面倒だとばかりにそのまま行ってしまったに違いないと気づいたのは、実をいえばあとのことだ。
 しかし、ぼくはタクシーに怒りはしなかった。ケータイの身の上を心配するよりも、ケータイがどうなっただろうかという興味に心をうばわれていたからだ。クルマが通り過ぎるや駆け寄って拾い上げ、開いてみた。
外傷はない。
短縮のキーをひとつ押して電話をかけた・・・・・ちゃーんとかかるではないか。
車の重量を1トンとしても、タイヤひとつには平均で250kgかかることになる。

 こいつの身を案ずるよりも好奇心に動かされてしまったのは、ぼくが防水と丈夫というセールスポイントだけに惹かれて選んだので、それを検証したかったからだ。シカをはねる機会などありもしないのに大袈裟なバンパーをつけた四駆みたいに、ガキっぽい大袈裟なデザインも我慢した。買ってしばらくしてから、カシオがつくっていることを知り、Gショックと同じデザイン路線に則っていたのだと分かった。
 一代前のやつは、美術館に入る前にとりだして電源を切り、帰りにクルマに腰掛けて使おうとしたら、なくなっていたことに気づいた。すぐに見つかると思ったが、こちらからケータイにかけても反応がないので、閉館後の静かな美術館でも見つからず、とうとう捜索を打ち切った。その前のやつは、胸のポケットに入れておいたら、かがんだ時に転げ落ちて、ご丁寧に自分の足で踏んづけた。液晶が割れた。
 この2台は、いずれもauが企画してデザインを売りにした「コンセプトモデル」の「インフォバー」と「タルビー」だったが、今回の選択にあたってはデザインでなく丈夫を最優先した。来年には日本でも発売されるiPhoneまでのワンポイントリリーフにすぎないと多寡をくくっていたからでもあった。ぼくが注目したのは水面下1mまでOKという防水性だったから風呂に浸してみたことはある。頭を洗いながら電話をかけたこともあった。しかし、対衝撃性能は気にしていなかったから実験もしていなかったので、評価をあらためた。
発売時の記事はまだサイトに残っていても世間では販売終了したが、カシオのサイトを見たところ法人向けタフネスケーターイとして生き残っているようだ。

 もう少しこいつの強さを試してやりたいと、ぼくは思うようになった。もういちど自分のクルマで轢いてためしてみたらどうだという周囲の声もあるが、まだ躊躇している。
 

投稿者 玉井一匡 : 07:25 AM | コメント (22)

June 23, 2007

平底船:ナローボート

 いま、masaさんがオクスフォードに滞在して興味深いイギリス便りが送られてくる。その中に、ボートの浮かぶ水路の写真があった。ぼくはイギリスにはたった一度しか行ったことがないけれど、推理小説を読んでいると、水路とそこを行き来する船の描写に出会うことが少なくない。船は平底船という名で書かれている。masaさんの写真は、小説で思い浮かべていた通りの風景だ。
 推理小説では先を急ぐ勢いに負けてしまうから、いくつかの疑問を抱きながらぼくは何も調べないままに通り過ぎて読み続けていた。たとえば船が人力で動いた時代には、水路を上る時は両側の土手の上を人間や馬がロープで引っ張るのだったと思うが、橋と交差するところはどうしたんだろうかという疑問は小説の中に残したままだった。

 masaさんの写真は、その疑問に対する答えのひとつを示してくれた。橋がはね上がるのだ。もうひとつ、土手の上を人が通れるほどの高さの橋をつくるという手もあるはずだ。インタネットで調べてみると、平底船は英語ではnarrow boatというらしいと知ってwikipediaを開いてみた。川が浅いので船の底を平らにしているのだろうと思っていたが、水路が狭いので船の巾を小さくしているということなのだろう。たしかに、水路を人工的につくるなら巾を小さくして、深さで水量を調節する方がつくりやすいにちがいない。橋も短くてすむし、両岸の距離が近いから、心理的にも川が分断することもない。
 スエーデン出身でイギリスで仕事の多かった建築家ラルフ・アースキンが平底船を事務所に改造して製図板を並べていた写真を見て、とてもうらやましく思ったことがある。その船の事務所にあった美しい階段については、AKiさんのブログで「水無瀬の町家」というエントリーで言及されている。かなしいことに日本の都市の川に係留されている船たちが粗大ゴミと化しているさまをぼくは思い浮かべてしまうから、アースキンの事務所も動かない船だろうと思っていた。narrow boatの大方は観光のために動いているのだと思いつつさらに探してみると、ちゃーんとボートの売買のサイトの一部をnarrow boatのカテゴリーが占めているのだ。長さ60ft前後、巾7ftくらいの大きさが大部分で、価格は40,000から80,00ポンド(今日は247円/1ポンド)ほどで売りに出ているものが多い。たとえば冒頭の写真の船は45,000ポンド、このサイトには船の内部やエンジンの写真も用意されている。これを見れば、ボートのおおよそは分かってきた。ここで生活している人もいることだろう。うらやましいことだ。

 ぼくたちの日本では、都市の川の多くは暗渠に埋葬してしまい、その亡骸の上を勝者たるクルマたちが行き来している。川として都市に残されているとしてもコンクリート三面張りの索漠たるものだし、アルミ製の不細工な手すりが胸の高さまでふさいでいる。農村地帯でさえ両岸をコンクリートや鉄板の壁で支える情けないありさまだ。それにひきかえオクスフォードの写真をみれば雍壁はレンガで橋は木製のままで使われている。
 こうした豊かなイギリスのインフラストラクチャーは、アフリカやアジアやアラビアそしてインド、中国でも、そこに長い間生きて来た人たちの犠牲のもとにつくりだした財産をイングランドの島に注ぎ込んだおかげであることは、どうしたってぼくたちの頭と心の中から消えることはない。それでも、これらがそうやって他者の犠牲のもとにつくられたものであればなおさらのこと、車を速くたくさん走らせたいなどというたったひとつの理由で、すでにあるものたちを簡単に壊してしまうといことはしないのだとこの国のひとたちを思う。

投稿者 玉井一匡 : 09:13 AM | コメント (6)

January 20, 2007

ウエストポーチ

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 かつて何回か財布を失くしたことのあるぼくが、30年ほど前にウエストポーチを使うようになってからは一度も失くしたことがない。今ではぼくにとって不可欠のものになった。これまで使っていたやつがボロくなったので後継機種を探していたら、年末に神楽坂と並行する軽子坂にある COCO deux というバッグ屋でいいのを見つけた。ウエストポーチは、上にジャケットを着ると前を押し上げてしまうから腹が膨らんだようになる。しかし、こいつは薄くできているので、あまりふくらまないのだ。しかし、ひとつだけ気になるところがあった。たいていのウェストポーチは中央が深く両脇が浅い。正面につけて腰掛けたときに、脚の付け根がポーチの両端とぶつからないようにしてあるのだ。自転車に乗れば、腿はのべつ上に高く上がるから、ポーチと腿は、もっとぶつかりやすい。だからウエストポーチを正面から見るとパンティー形をしているのが多い。しかし、軽子坂で見つけたやつは、正面から見ると横長の長方形なのだ。

 あれこれ考えたのだが、自転車に乗る時はウェストポーチを回転させて、左の腰に移動させることにすればいいと思い、今年になってすぐに買った。パンティ形だと飛行機の搭乗券の角がぶつかってしまうが、これならそのままチケットが納まる。 これでいいと満足していたら、またあらたな心配が生じた。iPhoneの登場である。
今は、正面からみて左端のポケットに携帯電話をいれている。縦長できちんとはいるのが気持ちいいのだが、2008年に日本にも来るというiPhoneは携帯電話より幅がひろいけれど、ここに入るだろうか?
そこでさっそく、AKiさんのエントリー「My iPhone」でリンクされているサイトでiPhoneの切り抜き実物大模型の型紙をダウンロードし、組み立ててウェストポーチに入れてみた。紙模型は実物より左右2ミリくらいずつ大きいし、実物は周囲が丸くなっているはずだ。模型の大きさと形でもちょうどすっぽりと納まる。これはiPhone用のウェストポーチなのかもしれない。

投稿者 玉井一匡 : 04:23 PM | コメント (2)

July 22, 2006

デジカメの帰還


 小さな段ボールが宅急便で届けられた。こわれたカメラに保証書と保険の書類を添えて送ってくれという「カメラのミツバ」からの指示に従い、リコーのカプリオGXを買った時の箱に入れて送った。その同じ箱が帰って来たのだ。あけてみると、ぼくが送ったカメラだった。割れた液晶モニターが交換され、周囲の枠の凹んだ部分もなおっている。修理できない場合には、買った金額の90%のお金が振り込まれるという、保険の規定だったから、そうなるのだろうと思っていたので予想外のことだった。
すっかりそのつもりになっていたから、どのカメラにしようかと、あれこれ見てまわったのだがこれという決定的なデジカメがなかなか見つからない。

コダックのV570が第一候補だったのに、いまひとつ性能に不満があるなと思っているうちに、いつのまにか「生産完了」として、秋葉原のヨドバシカメラからさえ、すっかり消え去った。リコーのCaplioR4も魅力的だが、デザインにちょっと不満がある。こうして見るとGXも悪くないなとも思ったが、だからといって後継機種のGX8にするのも芸がないなと思いつつ、保険がどういうことになるか待っていた。「じゃあ、後継機種が決まるまでこれを使ったら」とmasaさんが以前に使っていたカメラを貸してくださった。これもなかなかいいな、なんて思っていたところだった。
リコーのいまどき、ちゃんと修理してくれたことがうれしかったし、「愛情が足りないんじゃないの」とAKiさんに言われたのにもちょっと反省していた。こんどはもっとかわいがってやろうと思う。
 しかし、今週には、iBookがとうとう立ちあがらなくなり、Appleストアに連れて行ったら5万円弱の修理費がかかると言われた。病弱なやつだった。修理費は最後の18000円ほどだけ払ったが、保証でカバーされた修理費は購入価格をはるかに超えた。
「うちのは一度もこわれたことがない、これも使い方に問題があるよ」ともいわれた。しかし、3年半の間、350日は一緒に連れ歩いてよく働いてくれた。いまもまだ、ぼくの机に載っている。

投稿者 玉井一匡 : 07:37 PM | コメント (6) | トラックバック

July 02, 2006

デジカメを悩む

 CaplioFront.jpgこのところ、エントリーをしようという意欲がちょっと衰えていた。ワールドカップでの日本の敗退もあるし、しばらくスパムトラックバックの攻撃を受けていたこともある。だがほかに、もっと大きなわけがある。
 2、3週間ほど前のこと、車の運転席に腰掛けてドアを閉めた。が、半ドアの赤いランプがついた。またシートベルトをはさんだかと思ったが、見るとジャケットの裾がはさまっている。持ち上げるとポケットがちょっと重い。思い出した、中にデジカメが入っている。・・・・・・おそるおそるカメラを取り出してスイッチを入れてみると、ジーと音を発ててちゃんとレンズが伸びるぞ。しかし、液晶に明かりがつくと、こんなことになってしまう。というわけで、この写真は、いずれも携帯電話の30万画素のカメラによるものだ。
液晶ディスプレイの左の縁がドアにはさまれてへこんでいるし、画面は割れてしまっているらしい。家電メーカーの友人は、修理費35,000円くらいだなという。カメラより高い。

 kawaさんのblogに書かれていたリコーのCaplioGXが、なかなか評価が高いので、カメラ屋で実物を手に取って調べたあと、ウェブショップで買ったのだった。28mm相当の広角寄りの3倍ズームレンズ、単三電池2本で動き、1cmまで接写できるマクロ機能という能力が、新型が出たおかげで60000円台が26000円台になるというコストパフォーマンスは他の追随を許さなかった。
なのにぼくは、デジカメの壊れたその夜に、レンズが2つ付いたコダックV570のサイトを開いて研究をはじめた。そのことを話すと「きみは愛情が足りないんじゃないの」とAKiさんにいわれた。たしかにそうだ。少し反省したぼくは、金もないことだし、しばらくは液晶ディスプレイでなくファインダーでこのカメラをつかって写真をとったのだが、ディスプレイがないとさまざまな設定もできないし、もちろん写真を見ることができないから、写真を撮る機会がめっきり少なくなった。それが、一昨日、念のために保証書を見てみようと思い立って、引き出しから取り出した。たしかに保証は対象外だ。しかし、・・・・保険はきくようだぞ。全部ではないが、修理できれば90%を保険で負担するし、できなければ90%が帰ってくる。「うふふ」だ。blogに書こうという気になった。
 ぼくは、またデジカメの研究にとりかかった。V570の23mm相当の「超広角レンズ」は、固定焦点で80cm以下には近づけない。ISO400からは、画質が急に悪くなるので200までしか使いものにならないと書いてあった。だからなんだろうか、AKiさんによれば、ストロボをonにするのがデフォルトなのだが、再起動すると、かならずデフォルトに戻ってしまうのだという。ぼくは、ストロボは極力使わないから、いつもISOを400、ストロボはoffという設定にしておくのだ。それに、ディスプレイの側のデザインが、ひと昔前のアメリカの家電のようで、ぼくはちょっと好みではない。うーむ、これは、アメリカ人向けの、手軽さを第一にしたところがあるのかもしれない。
 どうせ、保険が通るまでは時間がかかるのだろう、ゆっくり研究することにしよう。

投稿者 玉井一匡 : 11:00 PM | コメント (8) | トラックバック

October 28, 2003

自転車通勤

 ぼくは自転車で通勤している。いまは、もっとも気持ちよい季節のひとつだ。中野区の哲学堂の近くから神楽坂まで片道およそ10km、30分弱。自宅の近くを流れる妙正寺川という神田川の支流に沿って通勤ルートを選んだ。川沿いなら上り下りが少ないだろうと、ちょっと楽を考えたからだが、地図を見ると中野区の東端から新宿区と千代田区の境界まで、ちょうど新宿区の北の縁を横断している。

電車でもクルマでも箱の中を移動するが、自転車では、歩くときのようにまちの中を移動する。ぼくとまちの間を隔てるものは、ガラスもエアコンもわがままな乗客もいない、ただ風だけだと、かっこよく言いたいが、車というわがままが走っている。もっとも、車と歩行者からすれば、自転車というわがもの顔が走っているといいたいかもしれない。まちに近づくのには、歩くより自転車のほうがいいこともある。多少の遠回りは苦にならないから、気持ちのよいみちや楽しいみちを選んで走る。事務所を今の神楽坂に移してから2年、往復を重ねるうちに、ぼくのすきな基本ルートができた。川べり、高台の足もと、商店街のせまいみちと、地形も変化に富んでいる。片側3車線の大きくて車の多い道はちょっとだけで通り過ぎる。幅の広い道は、走りにくいだけでなくまちを分断するから、車で走るのさえ、ぼくはすきではない。道路は片側2車線までがまちをつなぐみちだと、ぼくは思う。毎日のように走っているうちに、あちらこちらにすきな場所、ぼくの場所ができてくる。好きになることのはじめは、まずは知ること近づくことだ。

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 その自転車に、昨日からちょっとした変化がある。うしろにキャリアをつけたのだ。おかげで、気持ちよい季節がもっと気持ちよくなった。自転車に30分も乗っていると、降りたあとは冬でも汗がにじんでくる。夏には、背中がNOVAウサギのかたちに濡れていると言われた。背負ったバッグと背負いヒモが背中に密着している部分を汗が濡らすのだ。走っていると、他の部分は風を受けるので汗はすぐに蒸発する。バッグが背中からキャリアに移って、ぼくとまちの間を隔てるものは風だけになった。まちが、もっとぼくの場所になる。

投稿者 玉井一匡 : 02:26 PM | コメント (4) | トラックバック