February 10, 2010

宅配されたドーナツ

DonutsS.jpg
うちに帰ると、ミスタードーナツの袋がテーブルの上に載っている。となりにはドーナツが三つ、じかにテーブルの上で肩を寄せ合っている。ブログと電話で、それが食べられないものであることを、すでに僕は分かっている。スコッチのメンディングテープのドーナツ型ディスペンサーである。

これを36個も「おとな買い」した人が送ってくださったのだ。
お礼メールをおくるために、ぼくはiPhoneを取り出して写真を撮ろうとしたら、かみさんが何かを持ってきた。テーブルの上にじかじゃないほうがいいでしょうという。紙のレースと皿だった。

ぼくは、ほんとうのところ、そんなものはない方がいいと思いながら、せっかくだからその上にプラスティックのドーナツを載せた。しかし、それだけではまだ芸がないから、ちょうどロールケーキがあったのでとなりにひと切れを乗せた。
そうやって四つを並べると、紙のレースのお蔭でドーナツは本物らしく見えてきた。iPhoneのShakeItPhotoで撮ったポラロイド風の写真では、プラスティックと本物の境界がわかりにくくなる。本物のロールケーキは偽物のように見えるが、プラスティックのドーナツは逆に本物のように感じられるからだ。

 「秋山さんはミスドの店の設計をしていらしたことがあるんでしょ、ミスドの景品かと思ってた」
「いや、いろんな組み合わせをつくるために36個も買っちゃったんだよ。もしかするとこれを送る袋のために、わざわざミスドのドーナツを買ったのかもしれない」
そう言いながら写真を撮って、お礼メールに添付して送信した。

数分後に返信が来た。
「ご想像の通り、ミスタードーナッツに行って(一人では恥ずかしいので家内と……)10個買って箱に詰めてもらって、一つ一つ差し上げるので……と言って、袋を十枚もらってきました。もちろん、本物は食べてみましたが、一個100円で、意外においしいものでありました。
まぁ、一生懸命遊んでみたのでありました。」

ありがとうございます。

投稿者 玉井一匡 : 08:27 AM | コメント (4)

December 15, 2008

nabaztaG

Nabaztag2.jpgClick to open nabaztaG site.

ちょっと魅力的なかわいいやつを見つけてしまった。
白いウサギだ。
だが歩くわけではない、手も足も省略されている。
しかし、ウサギだから耳は長い。
耳は電波を聞く。匂いもわかる。
それに、人間の言葉がわかるらしい。
知性派なのだ。

五カ国語ができるという。
フランス生まれで、仏語のほかに英語、伊語、西語、独語、葡語
それぞれ得意な言葉が違うのかもしれない。
まだ、いまは日本語は使えないらしいが、いずれ習得するそうだ。

電源を入れると、Wi-Fiとつながる。nabaztag.comにつなげ、名前をつけて登録すると、インターネットとつながるロボットになる。
メールの到着を知らせる・メールを読んで聞かせてくれる・あしたの天気は?ときけば天候や気温を知らせる。顔色が変わって何かを報らせる。耳をうごかす(動かしかたがかわいいのだ)。持ち物の匂いを嗅がせると、においで識別する。ときにはよそのnabaztaGと恋をするらしいから、もしかすると勝手なことをしてしまうかもしれない。
日本では来年の1月ころに発売されるそうだが、日本語のメールを読めるようになるんだろうか。日本の首相をみて、漢字の読み方に色々あるんだということを知らずに甘く見ているかもしれないが、なかなか苦労しているのではないだろうか。下手な日本語よりは、外国語を勉強するつもりで英語やフランス語のやつとつきあうのもいいかもしれない。

上の絵をクリックするとホームページに飛んで、この子がムービーで動き出し、何をするやつなのかどれくらいかわいいやつなのかが分かります。百聞は一見にしかず。
ところで、値段は約150ユーロだから、現在のレート124円で計算すると18600円になる。われらの国ではクリスマスの季節を逃してしまうのも、日本語対応に苦労しているからなのでしょう。
パリ情報のサイト、「カイエ・ド・パリ」のブログ「フランス・パリ ブログ:白猫・三毛猫のカイエ」に、このウサギのファッションショーのことがエントリーされています。

投稿者 玉井一匡 : 10:14 PM | コメント (2)

October 06, 2008

iPhoneの人格をつくる

iPhoneStringS.jpgClick to PopuP

 iPhoneを手に入れてから、もうひと月以上になった。
 そのあいだにぼくのiPhoneはずいぶんぼく好みに育ち、日ごとにいとおしさが深まってくる。iPhoneが成長するのは、OSがバージョンアップしたからであるのは言うまでもないが、さまざまな小さいソフトを100円ほどの価格でダウンロードして加えてゆくごとに、どんどん好みの人格がつくられてゆくからだ。ソフトが小さいということは、それらの組みあわせかたは無限にできるという意味でとても重要なのだと、感じることが多い。
 iPhoneの人格をつくるには、内側だけでなく外側からも手を加えなきゃならない。ぼくの使う機械は故障することが多いので、秋山さんは(勝手に)、玉井のiPhoneをすぐにシェルターで包まねばならず、それにはこれがいいと決めていた。新潟のソフトバンクの店でiPhoneを手に入れたあと、駅ビルのヨドバシカメラに同行してこれだこれだと取り上げたのがAirJacketだった。せっかくのiPhoneを、フニャフニャしたシリコンで覆いたくないと思っていたから、保護と美を両立するものとして、これがまずは最良の選択だとぼくも賛同した。
 それだけでは人格形成にはたりない。つぎはAirJacketの加工だ。
 

 名前の頭の3文字の順番を逆にして透明のダイモにMATと打ち込み、ぼくはそれをAirJacketの内側に貼った。3つとも左右対称の文字なのでMATを外側からみれば裏返してTAMになる。しかし、そのままではテープの幅が広すぎて周囲にできる空白が間抜けだった。そこで、幅を切り詰め、端を丸く切り抜いてバンドエイド型にして貼り直すと、やっと落ち着いた。
 つぎにaki's STOCKTAKINGのエントリーを参照すると、秋山さんはピンバイスで穴をあけ、そこにネックストラップをつけて、首にかけるらしい。しかしぼくは、端に穴をあけるということ以外は、ちがう方法をとることにした。といっても、わざわざ逆らおうというわけではない。わけがあるのだ。

 ぼくが老眼鏡に紐をつけて首に下げてメシをたべると、レンズの上に食べ物の破片が落ちてしまうことが多い。メガネなら洗剤で洗えばいいが、iPhoneとなればポタージュが接続端子の内側に入りかねない。だから、一年半前に予定した通りにウェストポーチに入れてしっかりふたをしておく。しかし、手からiPhoneが滑り落ちても道路に落ちることのないように、AirJacketに紐をつけてもう一方の端をウェストポーチにつなげるようにする。そうすれば、万が一、手からすべり落ちてもバンジージャンプのようにぶら下がって一命を取り留める命綱になるはずだ。さらに、ウエストポーチにおさめてiPodとして使うときには、イヤフォンジャックが上になるようにしたい。だから秋山さんとは上下逆の位置に穴をあけた。

 ぼくは「ピンバイス」をもっていない。東急ハンズでピンバイスを買うより百円ショップで買うほうが安いと、上記のサイトに書いてあった。ぼくは、中野のダイソーで、1.5mm、2mm、2.5mmの3本(ハンドドライバーという商品名がつけられている)合計315円なりを買ってきて、そのうちの2.5mmで穴をあけた。
 紐の両端にもしかるべき部品をつけた。iPhone側には、リプトンのペットボトル入りのレモンティを買って、おまけについているケータイ用の根付の紐をはずして転用。もうひとつの端にはアウトドアショップでみつけた「S-Biner」というフック(耐荷重4.5kg)をつけた。

 秋山さんのエントリーされた方法とは違うところがいろいろあるけれど、それはむしろ連句のように、共通のテーマで別の表現をあそぶというようなものだ。そうそう、もうひとつ、aki's STOCKAKINGのエントリー「Polywatch」に応えて、#1000と#2000のサンドペーパーでバリを削り、液体クレンザーで磨いた。表面全体を磨いたのだが、ちょっとマットになった。やはりPolywatchのお出ましなのかなあ。

■関連エントリー
iPhone 3G /Air jacket /aki's STOCKTAKING
Polywatch /aki's STOCKTAKING
「iPhone 3G を、どのように携帯するのか…」 /Blog版「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」

投稿者 玉井一匡 : 02:08 AM | コメント (5)

April 11, 2006

REVOLUTION in The VALLEY:サインパーティー

 REVOLUTION in The VALLEY/Andy Hertzfeld著/柴田文彦訳/オライリー・ジャパン発行

  ぼくの知っている限り歴史上もっとも素敵な箱・初代Macintosh、それを若者たちがつくりだした過程が108のエピソードで再生されているこの本は、どこを何度くりかえして読んでも楽しい。ぼくにとっては、第一世代のMacは、とうとう自分のものにすることがなかったミッシングリンクだが、この本を読んだおかげで、第一世代のMacも、やっとぼくのものになった気がした。
Apple Ⅱ plusは、AKiさんが(勝手に)注文して宅配までしてくださったおかげで僕の機械になったのだが、そのあとの第一世代Macは、あんなにも魅力的なやつなのに、優柔不断のせいでとうとう買えなかったのだ。
 この本のことはaki'sSTOCKTAKINGに紹介されているのを見て知ったのだが、ここに書かれている数々のエピソードは、そういうぼくをMac誕生にいたる物語に参加させてくれた。だから、われわれ素人にはとてもむずかしい話もあるけれど、それでも楽しく読むことができる。
 ところで、どれかひとつを選ぶとしたら、きみはどれがいい?と誰かにきかれたらぼくはどうしようかなと考えてしまった。どれも捨てがたいので随分悩んだ末に「Signing Party」というエピソードを選ぶことにした。(この本では、固有名詞は英語のまま書かれているので、ここではそれに従うことにした。おそらく、本のレイアウトを原書と同じにするために、文字数を減らしたかったのだろう。それでも文字が小さくて、眼鏡なしではとても読めないんだが。)

 このエピソードの内容はこんな具合だ。
 Macは芸術作品だと、つねづね言っていたJobsが、Macチームのメンバーのサインをケースに残そうと思いついた。ここでいうケースとは段ボールの箱のことじゃない、「筐体」なんてばかにむずかしい日本語をあてられる、Mac本体の外皮のことだ。大部分の人間が見るはずのないケースの裏側なのにサインを残そうとするには、まず金型に刻み込まなければならないのだ。それは1982年2月というとき。1979年11月にはじめの3人の男たちが、そのうちのひとりJef Raskinの自宅にあつまってMacのスタートを切らせたときから2年と少し、1号機が完成する1984年1月までは、あと2年という、スタートから完成までのちょうど中間の時期だ。金型というのはもっとも製作時間のかかるものなのだそうだ。
ミーティングのあとでサインパーティーが開かれた。Jobsの指名で、初めにBurrell Smith(はじめの3人のひとり)がサインをしたあと、チームの35人が製図用紙にサインを書き込み、最後にsteve jobsが小文字でサインを加えるまで40分間。その場にいなかったBill Atkinsonほかの数人が後に加わったが、製作の過程で少しずつ名前が減って行った。この本の表と裏の表紙の見返しにサインの写真があるが、これがいつの段階のものかは、書かれていない。

 Jobsが、Macを芸術作品と言ったのは「最終目標は、競合する相手を打ち負かすことでも、多大な収益を上げることでもなく、可能な限り最高の仕事、それをわずかでも超えるような仕事をすることだった」と書かれている。並外れた才能に満ちたチーム、過酷だが適切な目標を設定し彼らに要求したJobs、この少人数のチームは、わずか128Kという、いまなら携帯電話の写真一枚にも満たない小さなメモリーの中で、helloの挨拶から始まり、絵を切り抜いてみせ、アイコンをゴミ箱に入れるとフロッピーディスクを吐き出した。自分は持っていなかったからなおさらそれは、ぼくにとってうっとりするような、すてきなふるまいだった。マウスを見たのも、そのときが初めてのことだった。
 この本の著者、Andy Hertzfeldはインタビューの中でこういっている「初代Macに比べると、ハードウェアの性能は飛躍的に向上しました。夢のような話です。これに対して、ソフトウェアにはがっかりさせられます。Macintoshの登場以降、基本ソフトウェアはのろのろとしか進化していない。ユーザビリティの面では、後退したといっても過言ではありません。」と。
 ハードウェアが進歩したといえ、それは処理スピードが早く、容量が大きくなり、画像の密度が増え画面が大きくなるという、量的な拡大の結果として数値的な質が向上したにすぎない。パーソナルコンピューターは、あの時期に成し遂げたものの余禄で成長しているのではないか。だからこそ、この本に登場するMacチームの成し遂げたことはRevolutionと呼ぶにふさわしい。現代のデザイン、建築、思想、そして科学は、20世紀初頭の奇跡的な時代に作り上げられたもののおかげで、いまも世界の多くは動いている。ものごとの動きは、短い変化の時期と長い平穏あるいは停滞の時期がくりかえされるものなのだ。

 ぼくたちはMacを「うちのパソコン」とは言わない。「ぼくのMac」と、固有名詞のつもりで呼んでしまう。ユーザーインターフェイスのありかたが魅力的だから、Macを「種」としてではなく「個体」として感じてしまうからにちがいない。人間が「いい奴」かどうかは、ひとと接するあり方、つまりインターフェイスの能力をいうようなものだ。Jobsが「Macは芸術作品なんだ」というのも、「Macを、かけがえのない命を持った生き物のようにしよう」ということではないか。・・・・いいやつとは言いがたいJobsだが。
ところで、この本を読んだ他のひとたちは、どのエピソードを選ぶかな。

■追記
*AKiさんは、これを選ぶそうだ: REVOLUTION in The Valley:角丸長方形だらけ!
*iGaさんは、コメントで「USフェスティバル」がいいと表明:US Festival/wikipedia
A・ハーツフェルドが語る「Macの誕生と、その他の物語」/CNET Japan

投稿者 玉井一匡 : 10:22 PM | コメント (6) | トラックバック

January 26, 2006

段ボールの届け物


昨日の朝、玄関のチャイムが鳴った。ドアの前にペリカン便のおじさんが段ボールを抱えて立っている。受け取りにサインをして箱を抱え階段を駆け上った。
段ボールといえば中には食べ物があると勝手に想像するくせがついているのだが、こいつは食べ物ではないのかもしれない。床において差出人を見るとso-netとなっているのだ。

箱はソニーだから、古い段ボール箱の転用ではないかもしれない。
「モモ、なんか応募したか?」
あたたかい布団の中で夢うつつの境をさまよう次女にきいた。
「うーん、したよ」
「なんかペリカン便が来たぞ」
「えっ」と、すぐにうつつの側に飛び移った。現金なものだ。
「ソネットの懸賞に応募したけど、あたりは3人ぐらいなんだよ」
「スゴ録らしいぞ」
小さい時からくじ運が強いやつだったが、また当たったようだ。スゴ録 RDR-AX75という新型の、250GBのハードディスク付きDVDレコーダーで、「おでかけ・スゴ録機能」はこのタイプだけについている。sugoroku-AX75.JPG USB端子でポータブルプレステとつなげて高速でデータを送れば、どこでも録画を見ることができるのだが、どのみちうちにはポータブルプレステはない、iPodにつなげて見られればいいのだがそれはできないだろう。敵に塩を送る余裕は今のソニーにはあるまい。とはいえ、いままでハードディスクDVDプレーヤーはわが家になかったから、時差の大きいドイツでのワールドカップには、いずれにしろ必須の道具だ。録画時間はモードにより33時間から428時間。
長女は風呂から出てくると・・・・・・・「えっ、双六じゃないの?」とよろこんだ。

投稿者 玉井一匡 : 11:19 PM | コメント (7) | トラックバック

January 11, 2006

カメラ当てクイズの賞品:ノギス


 宅配便が届いた。秋山さんの新カメラ当てクイズの賞品である。告知メールが一足先に届いていたので、何が来るか楽しみにしていたのだが、今日のaKi'sStocktakingに登場したグレイのノギスだった。
ぼくとFURUさんが当選したが、ふたりともGRがうらやましく悔しいひとである。同じリコーの、FURUさんはGX8、ぼくはGXを、昨年の秋に買った。GRは発表されていたがまだ発売にはなっていないことを理由にして自分に諦めさせた。ぼくのはKAWAさんと同じ、1年前だったら70,000円だったものがGX8が発売されて型落ちになって26,000円というお買い得だった。ぼくは21mmのコンバーターも買わずにこれっきりだから、お買い得感はだれにも負けない。マクロで1cmまで近づけるクローズアップ能力、28mm相当の広角3倍ズームというスペックだ。
 というわけで、このカメラとノギスを組み合わせて写真を撮ることにした。内寸を計るがわを被写体とレンズの胴の先端に合わせて、ノギスの梱包されていたケースを1cmからクローズアップした。左のように置いたノギスにカメラのレンズを合わせて1cmから撮ったのが右の写真。うーむ、ロシア構成派のような色使いだぞ。ノギスという道具は、計測する位置と表示されるところが妙に離れて屈折している不思議さが、ぼくはすきだ。回転目盛つきだとなおさらだ。

投稿者 玉井一匡 : 04:32 PM | コメント (2) | トラックバック

January 28, 2005

クリエイティブ・コミーズのステッカー

creativecommies-1.jpg aki's STOCKTAKINGにCreativeCommiesのことを書いたエントリーがある。
「Creative Commies の意気に感じて、そうだそうだと思った方々、ここに「コメント」して下さい。先着7人の方にこのステッカーを一枚お贈りします。」と、書かれていたからぼくはさっそくコメントを送った。一番乗りだった。
 そのステッカーのはいった封筒が秋山さんから届いた。うらの返しには「1/7」と書いてある。
 どこに貼ろうかとまだきまらないから、とりあえず事務所の仕切に使っているコールテン綱の板に磁石で止めてみた。写真のアップルマークは、iBookについてきたシールを型板にしてつくったものだ。自転車用の反射シートを透明のプラスティック板に貼ったものを型板に合わせて切り抜いて磁石に貼り付けた。
" Thank you Bill. " いや、秋山さんありがとうございました。

投稿者 玉井一匡 : 02:43 PM | コメント (0) | トラックバック

August 05, 2004

掃除ロボットたち

roboQ.jpg ロボQの腹側

7月はじめ、塚原にメールを送り、オーストラリア製7800円のロボQという掃除ロボットのサイトのURLを貼り付けた。翌日に電話すると、「買えという意味だと思って注文したよ」という。気の早いやつだ。別のサイトでは15,800円で売っている。値段のわりには出来はいいしなかなか働くよというので、先週末にやっと見に行ってきた。

 フナムシのように動く。12時間充電で1時間動くことになっている。吸引力はあまり強くないので、米粒のようなものはとれない。しかし、犬や猫の毛のように、取りにくいが軽いというゴミには向いている。多少はうるさくても留守中に動かしておけばいい。 動きは、部屋の中央に置くと螺旋形のルートを動く。壁やモノに先端のバンパーがぶつかると方向を変えるというルールに従っているようだ。敷居ほどの段差があると上らないが、上段から下には落ちる。
 裏返して腹を見ると中央に細長い吸い込み口がある。左右にプラスティックのクシのようなものがあって、それが回転してゴミをあつめる。吸い込み口の後方には拭き取り用のシートを付けてふき掃除まですることになっている。ほかの製品とくらべると移動スピードが遅いというが、おかげでエネルギー消費が少ない。しかも、ゆっくり移動することが吸引力の弱さを補うことになる。
 他にも、このごろ有名になってきたアメリカのiRobot製のRoombaは39800円、この サイトには他にもかわいいロボットがいる。東芝が販売するエレクトロラックスのトリロバイト(trilobite)は30万円近い。
少なくともテスト用にはいい機械だと、塚原は満足しているようだ。はじめは「おれが5000円で引き取るよ」というと乗り気だったが、ちかごろはぼくに他の機械を買うようにすすめるようになった。

投稿者 玉井一匡 : 10:54 PM | コメント (0) | トラックバック

May 19, 2004

鉱石ラジオを聞く

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 「大人の科学」の付録の鉱石ラジオをやっと組み立てた。
本文の記事で、鉱石ラジオは電池なしで聴けるのだと小林健二氏が言っていたので、ぼくも何もないところから電波を拾い出したい。だから、まずは電池を入れない。大きすぎるのですぐに耳からこぼれおちる古めかしいイヤホンをつけてバリコンを少しずつ動かす。ラジオの向きを変えるが、何も音がしないので、外へ出てみる。自分のやったことに自信を持っているわけではないから、やれやれ配線を間違ったかと、もう不安になってしまう。
 はじめの志をもう曲げるのは悔しいが配線のチェックのためだと自分に言い訳をしながらデジカメから単三の電池を1本取り出した。配線の間を縫って鉱石ラジオに電池を入れた。
 また外に出てバリコンをまわすと、やっとジーというかすかな雑音が聞こえた。雑音は故障の徴しと思い込んでいる現代人には、雑音を喜びに感じる自分の気持ちがとても新鮮だ。ジーという雑音は、「微かに電波を捉えたよ」という知らせなのだ。・・・・ラジオの向きを変える、それはアンテナの向きを変えるということだが、すると男のディスクジョッキーが聞こえた。ちゃんと話の内容も聞き取れる。

 ・・・・と、携帯電話の会話と同じくらいにくだらない会話が伝わってきた。話し手の太った顔が思い浮かぶ。たちどころに現実と現在に引き戻された。ノルマンディに連合軍が上陸したしらせでもない、やっと戦争が終わったという天皇の知らせでもない。どうでもいい会話。
 意味の稀薄な情報が満たされる僕たちの社会に引き戻されると、自民党の政治家まで「ユピキタス」などと、理解してもいないことばを言い出すことが思いだされる。人々にとっては、メディアとそのための道具そのものが目的になってしまい、人々を操作する人間にとっては経済効果が目的なのだ。どう使うのかもわからずに日本中に作られたホールたちと同じことが「IT」という分野で繰り返されているのだなどと果てしなく思いは巡る。

 「鉱石ラジオ」は、まずは電波を拾ってくれた。だが、まだ電池の力を借りている。鉱石を金属の皿に乗るべきところを、まずは石のかわりにダイオードを乗せてある。だから鉱石ラジオにはカギ括弧がついている。ゴールは、外からの電力を加えず黄鉄鉱や磁鉄鉱のかけらを半導体として空中の電波を拾うところにある。できれば、胸おどる言葉がききたい。
お楽しみはこれからだ。  まだ。

投稿者 玉井一匡 : 12:09 PM | コメント (1) | トラックバック

January 19, 2004

HさんのMACpower

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 先日、友人兼クライアントの本間さんの家に行った。
テーブルの上にMACpowerが置いてあるのだがちょっと様子がちがう。よく見ると背表紙がすっぱりと裁ち落とされてそれが横に置いてあるのだ。もちろん、ぼくはわけを訊ねた。一枚ずつバラバラにした本を両面スキャナーで読みとってそれをDVDに保存して、本は捨ててしまうそうだ。広告を外せば1枚のDVDに1年分くらいのMACpowerがおさまるのだという。
 大きな裁断機とスキャナーを買ったからちょっと切ってみる?といわれてやってみると、すこぶる切り心地がいい。ハンドルが大きいから雑誌くらいならすこぶる簡単に切れてしまう。こういうことを思い切りよくすぐにやってしまう人なのだ、このひとは。

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 そもそも、この日、このうちに僕たちが来たのも同じようなことが理由だった。400枚ほど持っているレーザーディスクをDVDにコピーしてしまうから、この中で欲しいのがあったらあげるよというメールにコレクションのリストが添えられて数日前に届いた。けっこう時間がかかるらしいが、毎晩、寝ている間にセットしておけば翌朝には終わっているのだそうだ。
リストには「エヴァンゲリオン」の全巻や「AKIRA」などのアニメーション、イームズの作った「POWERS OF TEN」などの映画のLDなどの名作が多いのに、こんな風にソフトウェアとそのメディアとを完全に切り離して考えることは、なかなかできることではない。この人が本やディスクという物体に対する感傷を持たないことにはいつも驚かされる。さらにオークションにでも出してみるかという欲ももたない。尊敬すべき人だ。

 同じような考え方を、住まいに対しても持っている。住宅のソフトウェア(どう住むか)についての決断がきわめて明快でかつ早い。車は乗らないから駐車場はいらないと、はじめから言った。30坪しかない敷地だから中庭を作ってそこから各部屋に入るようにして、玄関をなくしてしまおうかという提案にもすぐに賛成。さらに一歩すすんで食堂+キッチンは靴のまま生活することになった。

投稿者 玉井一匡 : 08:06 PM | コメント (2) | トラックバック